2021年 08月 28日
床の間の意外な使用法〜武野紹鷗の前例を念頭に、藤林宗源・井伊直弼が語る〜
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改まった和室には、「床の間」が設られている事が多いかと思います。床の間とは座敷の壁に設けられた書画や花を鑑賞するための場所で、しばしば床が高く設けられています。元来は壁に仏画を掛けてその前に卓を置き花器や香炉を置いていたのが、やがて作り付けになったとされています。
無論、これは茶室においても例外ではありません。否、茶室において床の間は欠かせぬ存在です。何しろ、そこに鎮座する書画、花、香合などがその茶席のテーマを象徴するという、ステータスの高い空間なのです。客は茶席に入るとまず、床の間の前に座って一礼し、飾られた掛物や花、花器や香合を拝見してから自分の席につくのが定めとなっているのです。そして、床の間に近い席が正客の座と決められています。茶の湯において、床の間とはかくも大切なもの。
さて、この床の間、茶の湯においては意外な使用法があるのです。
幕末の彦根藩主・井伊直弼は当代を代表する茶人としても知られていますが、その著作『茶湯一会集』の「客俄に人数増たる時の事」にこんな一節があります。
俄に客多くなりて、座敷詰りたる時は、正客、床内へ片ひざ上りて苦しからずと古人も言えり
(井伊直弼著 戸田勝久校注『茶湯一会集・閑夜茶話』岩波文庫 136頁)
これ、千利休の師匠に当たる大茶人・武野紹鷗の前例を念頭に置いた言葉だそうです。当該する紹鷗の逸話を記録していたのは、17世紀の大和小泉藩家老にして石州流宗源派の祖・藤林宗源。彼は著作『和泉草』第二巻二十三「物語ノ聞捨、二十四ヶ条」にこんな記載をしていました。
紹鷗二畳大ノ座敷ヘ四条ノ弁殿招待ノ時客六人ニ成テ座敷詰リタル故弁殿床ヘ御上リアレト紹鷗云則弁殿床ニ上リテ
歌
とこやみの夜も明がたのともし火にほのぼの見ゆる花のおちゃの香
と弁殿詠給テ人々ゑつぼに入けるとなり座敷つまりたる時床エ上リタル例此外ニモ有ベシ
(藤林宗源『和泉草 一二』 平成28年度東京国立博物館所蔵帝室本DBより 変体仮名は現代の仮名に直しています)
〈超意訳〉
武野紹鷗が二畳の座敷へ四条弁殿を招待した時、(予想外にも)客が六人にのぼったため茶席が詰まってしまった。そこで紹鷗は「弁殿、床の間へお上がりあれ」とお願いした。弁殿はそれを受けて床の間に上がり、
床の間の、ずっと続くような闇夜も明け方になり、灯火でうっすらと花が見えるし茶の香りもする
と和歌をお詠みになった。人々はその歌がツボに入ったとの事だ。客が多く座敷が詰まった時に床の間へ上がるというのは、これ以外にも事例はあるであろう。
要は、武野紹鷗がお公家さんを正客として招いた際、予想外に同伴客が多くなって茶室が寿司詰めになったため、貴人である正客にお願いして混雑緩和のため床の間へ上っていただいた、という事ですね。その際に正客は貴族だけあって当意即妙な和歌を詠んで見せ、場は盛り上がったそうで。「とこやみ」(常闇)とは「永久に暗闇である様子」の事で、「床の間」と掛けているのは言うまでもありません。「ゑつぼに入る」(笑壺に入る)とは、「思わず笑い出したくなる気持ちになる」意味。上の訳でも使いましたが、現在でも「ツボに入る」と言いますね。
なお、手元の解説本はこの話に関して
客(貴人)を床へ座らせたことは、それ以前には例が見あたらないので、このときから始まったものと思われる
(『茶の湯人物事典 略伝・ことば・逸話』世界文化社 162頁)
と述べています。この時の逸話が後に前例とされた、という事でしょうか。そして、宗源や直弼といった歴史に名を残す大茶人がそれぞれわざわざ書き残す、という事はやはり当時でも「床の間に正客を座らせる」というのは珍しい事例だった、という事なんでしょうかね。
こうした緊急事態でも、上れるのは正客、というあたりはやはり床の間のステータスを表していますね。紹鷗の事例ではお公家さんでしたし。
とはいえこの御時世、客が増えて座敷が詰まるような事態は「密回避」のため厳密に避けられるでしょうから、この「知恵」を当面は使う機会はなさそう。あ、でも、局面によっては「密回避」手段の一環として採用される可能性もありえなくはないかもですね。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『精選版 日本国語大辞典』小学館
井伊直弼著 戸田勝久校注『茶湯一会集・閑夜茶話』岩波文庫
藤林宗源『和泉草 一二』 平成28年度東京国立博物館所蔵帝室本DB(東京国立博物館デジタルライブラリーより)
『茶の湯人物事典 略伝・ことば・逸話』世界文化社
太田達監修『DVDで手ほどき 茶道のきほん 『美しい作法』と『茶の湯』の楽しみ方』メイツ出版
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