2021年 09月 04日
漢詩絡みの日本舞踊「剣舞」〜日本と漢詩と言えば、こんなのもありました〜
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明治までの日本文学史・文化史において漢詩の占める地位は決して無視できるものではなかった。その事はこれまでも何度かお話して参ったかと思います。そしてそれは、舞踊部門においても例外ではありません。という訳で、近代前期に流行した舞踊「剣舞」について今回は辞書的な説明をまとめてみようかと。
日本舞踊の一分野としての「剣舞」とは、「剣を持って詩吟に合わせて舞う」舞を指します。
まずは「詩吟」についてからご説明しますと、漢詩の訓読に節をつけて吟じるものです。琵琶歌の一部になっている和歌や漢詩を吟じるのは「吟詠」、俳句や今様などを歌うのは「朗詠」と呼んで区別されるようです。平安期にも漢詩や和歌を歌詞として節をつける「朗詠」というものはありましたが、徳川時代になると学問の流行もあって漢詩を作る人も増えたのを背景に学習者の間で吟じられる事が多くなったそうです。日本語イントネーションが強調された旋律で、詩の情感を歌い上げるのが吟者には求められているとか。肥後の時習館流や江戸・湯島聖堂の聖堂流といった流派がありましたが、特に湯島聖堂で安政年間に書生たちの間で流行ったものが「剣舞」に繋がっていきます。
彼らは酔いに任せて詩を吟じる際に剣を抜いて舞うのを好み、それが近代以降に舞踊の一ジャンルとして発展していったのです。
明治になると従来の地位を失った士族が、見世物としてこの「剣舞」を演じる事も増えたそうで。紋服と白鉢巻、袴姿で日本刀を振りかざして踊るのがスタンダードでした。『川中島』『城山』『白虎隊』など悲壮感溢れる詩吟に乗って舞う剣舞は明治の勇壮さを重んじる時代の気風と合致したのか、日清日露戦争の頃に隆盛を極めたとされています。
更に大正初期には演劇的要素を加えた改良剣舞や女性による娘剣舞などが興行として人気を得るものの、以降は次第に下火になっていったとされています。思えば日本漢詩自体も大正期以降は衰えていきますので、それと軌を一にしたものと見る事ができるかもしれません。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
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by trushbasket
| 2021-09-04 22:16
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