【ネタバレ注意】渋沢栄一と茶の湯〜耽溺はしませんでしたが、効能は理解していた様子〜
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<注意:今回の記事は、大河ドラマ『青天を衝け』の先の展開におけるネタバレに相当する可能性があります。その辺りが気になる方は、閲覧を控えていただいた方が無難かもしれません…>
先週、「渋沢栄一が茶の湯に厳しい意見を呈して益田鈍翁が板挟みになった」という旨のお話をちらりといたしました。そこだけを聞いている限り、栄一は茶の湯に批判的にも思えます。実際のところどうだったのか、少し掘り下げたいと思います。
まずは、先週に少し触れた件の逸話について、具体的に見ていきます。先週同様、頼みにするのは『自叙益田孝翁伝』。
金沢を視察した栄一が、現地で見聞した事に関しての報告を帰京後に渋沢喜作、福地源一郎、益田孝(鈍翁)らを相手にした時のこと。二階の座敷で栄一は開口一番、
金沢という所は非常に茶が盛んで、僕が行っても、どの家でも道具などを並べて見せたりして夢中になっておったが、あんな悠長なことでは仕様がない、まず何よりもあれを打ち壊さなければならぬ(長井実編『自叙益田孝翁伝』中公文庫 405頁)
とぶち上げたのです。茶の湯好き、茶道具好きの鈍翁にとっては、さぞ耳が痛かった事でしょうな。折しもタイミング良く(もしくは悪く)、馴染みの道具屋を通じて名物の茶釜を手に入れようとしていた時でしたから。
さて栄一の話を拝聴している最中に、鈍翁、女中から下へ招かれます。聴くと、例の道具屋が茶釜を見事入手したと報告に来たのだとか。そこで一階で報告を聞いていたら、二階からまた呼ばれるので席に戻る。やがてまた一階からも呼ばれる。そんな繰り返し。
上では道具攻撃の話を聞かされ、下へ来れば、道具を手に入れたという手柄話を聞かなければならぬ。(同書 同頁)
さぞ、落ち着かなかった事でしょうな。ただし鈍翁、「実におかしかった」(同頁)と回想しておりそこまで深刻なニュアンスはなかった様子。事実、
のちに渋沢さんにも他の人達にもこの時のことを打ち明けて、大笑いをした(同書 406頁)
のだそうで。どうやら最終的には、栄一も含め皆の間では笑い話になったようです。
この話から判断するに、渋沢栄一が金沢の昔ながらの「悠長」な空気に反発したのは事実かも知れませんが、茶の湯そのものを排撃した、と見るのは些か読み取りすぎかも。この様子だと、鈍翁の茶の湯への耽溺も知りつつ受け入れてる感じですし。
以下、余談。この時に道具屋を通じて鈍翁が手に入れた茶釜は、「宮嶋」という銘が付けられた由緒あるもの。徳川家臣・大久保忠行が、井の頭池などを水源とする神田上水を引いた褒美として家康から拝領した品だそうで。その後、忠行は関ヶ原で負傷して武士をやめ、菓子職人となりました。というのは、彼は餅菓子を作る事に元来長じており、家康にもしばしば献上していたのだそうで。その縁もあってから忠行の子孫は代々、将軍家御用達の菓子職人を務めました。
そして鈍翁が買い取るまでこの家に伝わっていた「宮嶋」の釜もまた、歴代徳川将軍が代替わりごとにこの釜を見たといういわれもあるんだそうです。
関連サイト:
「とらやの和菓子」(https://www.toraya-group.co.jp)より
「大久保藤五郎と三河餅」(https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/historical-personage/093/)
さて、話を渋沢栄一に戻しましょう。茶の湯を必ずしも好まなかったらしい栄一ですが、やがて鈍翁の弟・益田克徳の勧めで邸宅に茶室「無心庵」を作らせました。ここで徳川慶喜・伊藤博文・井上馨らを招いて饗応したのを契機に、慶喜の復権・公爵授与が成ったという逸話が知られています。以降、栄一も茶の湯が交流の手段として有効なのを知ったのか、茶会に顔を出し自らも茶会を主催するなど茶の湯を活用するようになったようです。
関連サイト:
「とらやの和菓子」(https://www.toraya-group.co.jp)より
「渋沢栄一と菓子」(https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/historical-personage/229/)
【参考文献】
長井実編『自叙益田孝翁伝』中公文庫
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
「青空文庫」(https://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
永谷健『富豪の時代 実業エリートと近代日本』新曜社
「デジタル版『渋沢栄一伝記資料』」(https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php)
より「第29巻2編3部1章4節1款 茶事」
(https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DK290056k_text)
(https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DK290057k_text)
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