大正天皇御製漢詩『源義家』
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2021年も残り少なくなってきました。来年の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』、頼朝を始めとして源氏の武将たちが存在感を示す事が予想されます。さて、頼朝・範頼・義経・義仲といった人々の共通の祖先が源義家(1039-1106)。軍事貴族・源頼義の子で、石清水八幡宮で元服したことから「八幡太郎」と称されました。前九年の役、後三年の役で活躍し武名をあげ東国に源氏の名声を高めた伝説的武将です。白河院を支える軍事力としても活躍しています。
その義家を題材にした漢詩を、大正天皇がかつて詠まれています。今回はそれを味わおうかと。
源義家
東征跋涉幾山河
竹帛功名馬上多
別有風懷足千古
勿來關外落花歌
東征 跋渉す 幾山河
竹帛の功名 馬上多し
別に風懐の千古に足る有り
勿来関外 落花の歌
(石川忠久編著『大正天皇漢詩集』大修館書店 210-211頁)
〈超意訳〉
奥羽の地で戦っていくつもの山河を踏み渡り、
歴史書に残される功績は、戦場で打ち立てられたのだ。
しかしそれ以外にも、長きに渡り語り草となる風雅も彼にはある。
勿来の関で花が散るのを見て詠んだ和歌こそがそれなのだ。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
○○●●●○◎
●●○○●●◎
●●○○●○●
●○○●●○◎
韻脚は「河、多、歌」の下平声五歌。
以下、語句解説です。今回は、日本史の故事も踏まえた作品なので詳し目に。
・東征
東へ向かう戦。東とは奥羽の地、前九年・後三年の戦いを指すか。
・跋渉
山を越え水を渡ること、各地をめぐること。
・竹帛
書物、特に歴史書。古代中国では竹簡(竹を細長く切った板)や布に文字を記した事からこの呼び名がある。
・馬上
馬に乗っている事。特に馬に乗って戦に出る事、転じて戦場。
・風懐
趣ある心。
・勿来
福島県南東部、いわき市の一部。常陸国と陸奥国の国境にあたり関所が置かれていた。「勿来」(なこそ)は「来てはいけない」という意味にもなり、そうした意味を込めて和歌で用いる事も。「来る勿れ」という文字をあてられているのもそのためか。
・落花歌
義家は後三年の役から帰る際、勿来関で散る花を見て「吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな」と詠み『千載和歌集』に収録された。歌の概略は、「吹く風は勿来の関に来てくれるな、と思ったけれどそうもいかないね。風のせいで、道が狭く思えるほどいっぱいに散った山桜の花よ」というもの。
【参考文献】
石川忠久編著『大正天皇漢詩集』大修館書店
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
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