初釜定番の和菓子、花びら餅について
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年が明け、早くも一月も半ば。茶の湯の世界では、新春を迎えて初めて開く茶会を「初釜」と称します。徳川期には「茶湯始」とか「初茶湯」とか言っていたそうで、「初釜」という名称が定着したのは明治後半だそうです。この「初釜」では、「花びら餅」と呼ばれるこの時期限定の歌詞が供されるのが定番となっている印象です。
花びら餅とは、白餅を伸ばしてその上に小豆を伸ばした菱餅を載せ、白味噌のあんと柔らかく煮た牛蒡を入れて二つ折りにしたもの。近年は餅を求肥に変え、菱餅を入れず白餅に紅を入れ味噌も赤味噌を用いるケースも増えています。歌詞としての味わいを追求した結果でしょうね。
花びら餅のモデルは、正月の宮中行事で食される「菱葩」なんだそうです。15cmの丸い餅の真ん中に小豆で染めた菱餅を置き、白味噌を塗った上で柔らかく煮た牛蒡を載せた上で二つ折りにしたもの。「包み雑煮」とも呼ばれる通り、雑煮の一種と見る事もできます。味噌と餅、そして煮た牛蒡の組み合わせですからね。
『後水尾院当時年中行事』によれば、近世初頭の宮中では正月は七日を除き十四日まで毎日菱葩が供せられていたそうです。なお、七日だけ、七草粥でした。
『言継卿記』『御湯殿上日記』などの記載からは、遅くとも戦国期には宮中行事となっていたと見られています。徳川期には、虎屋が毎年正月に御所へ菱葩を納めていた事が「諸方御用留帳」から判明しているそうで。現在でも宮中では、鯛の切り身や浅漬大根と共に菱葩が供せられるそうです。
この儀式は、「歯固め」を原型としていると考えられています。元旦から三日まで、猪の肉や大根・瓜、押鮎(塩漬の鮎)といった堅い物を食べ歯を固める事で長寿を願うものでした。その歯固めに、鏡餅と押鮎・大根を添えた「御所餅」を用いていたのがやがて菱葩へと変化したのだろう、というのです。
この菱葩をもとに、裏千家十一世玄々斎が宮中からの許可を得て初釜で用いるようになったのが、茶の湯における花びら餅の始めなんだとか。現在、花びら餅で名高い老舗には京都の川端道喜が挙げられます。
【参考文献】
青木直己『和菓子の歴史』ちくま学芸文庫
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
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