2022年 03月 06日
年中行事の話が続いたんで、ついでに三月三日の話も〜今更感は凄いですけど〜
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早いもので今年も既に三月。最近は年中行事の話が多めだったので、今回も三月三日は雛祭りのお話を少々いたしましょう。物凄く今更感ある内容にはなりますが、こちらもネタに悩んだ末であります。御了承あれ。
三月三日の桃の節句は、三が二つ重なることから「重三」と称する事もあります。元来は旧暦三月最初の巳の日に行われる行事だった事から「上巳」なんて呼ばれたりもします。玄天上帝の誕生日とされ、水際で厄祓いがなされる日だったそうで。これが魏王朝の時代に三月三日に固定され、更に東晋時代に宮廷では「曲水流觴の宴」が行われるのが通例になりました。
少し脱線になりますが、ここで曲水流觴についてお話しておきます。これは曲がりくねった水流の前に参加者たちが着座し、上流から流れてくる盃が自分の前に来るまでに詩を詠むという趣向です。我が国にも比較的早い時期に伝わったらしく、『日本書紀』には顕宗天皇時代に行われたと記録されていますし『万葉集』でも大伴家持邸で開かれたと記されています。平安初期に一時中断されましたがやがて復活、王朝社会を彩る恒例儀式となったんだそうです。
そして水辺での厄祓いの儀式が、我が国に古来からあった人形により厄の身代わりをさせる考え方と結びつき「流し雛」の風習が生まれたと推定されています。『源氏物語』須磨で上巳の日に陰陽師に祓いをさせた人形を船で流した逸話が記されており、平安中期には既に広まっていたと言えそうです。それが
更に徳川時代になると、人形を流さず飾るようになり、飾り付けも時代に華やかになって現在の雛人形へと発展していったようです。
他にも、山野に出て飲食や遊楽する山遊び、九州西部や琉球など海辺で遊ぶ磯遊びの風習がある地域もある事が知られています。これもまた、中国における水辺での厄祓いが転じたものと見られているとか。
一方、北九州における畑の麦の生育を讃える「麦ぼめ」のように、上巳との関係がよくわからない風習もあるにはあるんだそうです。馴染み切ったと思っている年中行事も、掘り下げるとまだまだ知らない事ばかりですな。
なお、以下はまた脱線。茶の湯における雛祭りの趣向としては、紙雛の画を床の間に飾ったり桃に因んだ道具を用いるのは勿論として、三人上戸や五人囃子、菱を思わせる取り合わせもありのようです。
【参考文献】
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『日本大百科全書』小学館
井波律子『中国名詩集』岩波現代文庫
三味著『茶道歳事記』晃文社
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by trushbasket
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| NF








