足利将軍家・秀吉と能楽〜天下人の治世を寿ぐのも、能楽師の大事な役割〜
|
能楽といえば、日本を代表する古典芸能の一つです。能を大成したとされるのは観阿弥・世阿弥で、彼らは足利将軍家の庇護を受けつつ高い芸術性・精神性を有する数々の作品を残したと言われています。無論、こうした世間一般のイメージは誤りではありません。しかし、これはどうも能楽師の一面に過ぎないようです。
近年の研究動向をわかりやすく解説した一冊『「室町殿」の時代 安定期室町幕府研究の最前線』によれば、彼らの大事な仕事には「将軍家や国家にかかわる慶事を祝言能として能に仕立てる」ことで「室町殿の治世を賛美する」(久水俊和編、日本史史料研究会監修『「室町殿」の時代 安定期室町幕府研究の最前線』山川出版社 284頁)事もあったそうで。
すなわち、将軍家の代替り・家督相続、大病平癒、邸宅落成などの慶事を祝賀するもの。あるいは、鎌倉公方による小山氏討伐、明徳の乱、南北朝合一、応永の外寇といった大事件の際は、寓意劇によって危機の克服と平和の到来を寿いだそうです。
やはり、芸術性だけでなく、スポンサーたる将軍家を讃える政治的な役割を果たしていたのですな。
ここで思い出すのは、足利将軍家が歴史の表舞台から退場した後の秀吉時代。豊臣秀吉は、自らを主人公として戦勝や天下平定の功績を讃える内容の新作能を作らせた事で知られています。『明智討』『柴田』『北条』『高野参詣』『吉野詣』『この花』に代表されるこれらの作品は「太閤能」「豊公能」と呼ばれています。
秀吉の強い自負やら自惚といった個性に帰せられがちなこれらの作品ですが、上述した足利時代の事例も念頭に置くとまた違った景色が見えてきそうです。「天下人や国家の慶事を劇に仕立て、その治世を寿ぐ」という足利時代以来の伝統にのっとったものと見ることはできますまいか。秀吉は、ただ自らの自惚に任せて自賛に走ったのでなく、足利将軍家以来の「天下人」としての伝統にならったという側面をみる事はできそうな。
秀吉の能楽に関する独自性を見るなら、むしろ自らが舞台に立って演じて見せた点にこそありそうです。秀吉個人の能への耽溺ぶり、強い自負をそこから読み取る事は可能かもですな。
【参考文献】
久水俊和編、日本史史料研究会監修『「室町殿」の時代 安定期室町幕府研究の最前線』山川出版社
石井倫子『能・狂言の基礎知識』角川学芸出版
横道萬理雄、西野晴雄『能の作者と作品』岩波書店
『日本大百科全書』小学館
関連記事:
「秀吉の「黄金の茶器」は前例があった~貴人をもてなす際の足利期以来の伝統?~」
「黄金の茶室」も足利将軍家以来の伝統に則ったと見ることができるそうで。
「武家政権首班たちの法号~「○○院殿」とか「●●寺殿」とか~」
関連サイト:
「能楽金春ニュース」(https://www.komparunews.com)より
「豊公能〈この花〉 能楽研究家 後藤和也」(http://www.komparunews.com/konohana)
太閤能については、こちらが分かりやすいです。








