吉川幸次郎『阮籍伝』、良いですね
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この頃手にとっているのは、吉川幸次郎先生による阮籍作品の解説書『阮籍の「詠懐詩」について』。冒頭に『阮籍伝』が掲載されているのですが、これが良いのですよ。今回は、そこで描かれた阮籍像について少し語ろうかと。
まず、阮籍(210-263)の辞書的な説明から。阮籍は三国魏の文人で字は嗣宗、陳留郡の人。剣呑な政治情勢の中で世俗に背を向けて酒や奇行、清談に耽った「竹林の七賢」の代表的な存在として知られています。著作に『詠懐詩』『大人先生伝』『達荘論』があります。
吉川先生によれば、阮籍らのそうした奇矯な振る舞いの数々は「偽善と詐術にみちた不潔な時代」(15頁)への「潔癖な精神の、反撥であり、反抗」(18頁)だったとの事。
実際、阮籍の詩作は「内的苦渋にまみれた」「絶望感」「孤独な魂の表白」(『日本大百科全書』)と辞書的にも評されりしています。ただ逸脱した逸楽的な生き方をしていたのでなく、癒し得ぬ孤独を抱えながら生き抜いた真摯な魂の持ち主であった事を伺わせます。
更に阮籍の魅力を述べると、そんな反権力的な生き方にも関わらず身の振り方には慎重だった事も挙げられましょう。彼らの生き方には批判もあり、友人である嵆康が刑死の憂き目を見たように、一つ間違えば生命の危険もあるものでした。しかし阮籍は天寿を全うしています。その秘訣は何だったのでしょう。
例えば、ある人が時事を問いかけてきた事がありました。彼は、その答えから揚げ足を取って阮籍を陥れる意図を持っていたとされます。それに対し阮籍は、常に酔っ払った振る舞いで応じてまともに相手せず、揚げ足を取る隙を見せなかったそうで。…本当に酔っていたのか、疑問も湧いてきます。
時の権力者・司馬昭は阮籍の思うところを理解していたのか、「人物を評論したことは一度もない」(19頁)のにも着目しその身の振り方を褒め称えています。それを思うと、司馬昭も流石に当代の人傑ですね。
他にも、吉川先生は阮籍の生き方に「みずからの生活を勇敢に主張すると共に、世俗には世俗の生活をみとめるという寛容さ」(22頁)や「多数の世俗は、規律の中にいるのが安全であり,幸福である」(23頁)ことも理解できる明晰さをも見出しています。
阮籍の生き様、為人は今日という時代をもがく我々にも学ぶものがあるかも。そんな思いを抱きながら、本編にあたる『阮籍の「詠懐詩」について』を読み進んでいるこの頃です。
【参考文献】
吉川幸次郎著『阮籍の「詠懐詩」について 付・阮籍伝』岩波文庫
『日本大百科全書』小学館
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この人にも、吉川先生が描く阮籍に近いオーラを感じなくもありません。








