2022年 04月 20日
〈言葉〉『鎌倉殿の13人』同時代人が記す歴史観〜衰え下る世の中を、それでも生きていく〜
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大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、快調に進んでいますね。中でも先週の放送は、視聴者に強い衝撃を残す回だったと言えるでしょう。
さて。このドラマで描かれた時代を生きた人物が残した、有名な歴史書があります。その名は『愚管抄』。著者は慈円(1155-1225)といい、摂政藤原忠通の子で九条兼実の弟にあたります。少年期に出家し天台座主になった人物で、歌人としても有名です。
第三巻冒頭の一節は、歴史資料集などで見た事がある人もあるかも知れません。割と知名度があるように思います。
ヒトスヂニ世ノウツリカハル。オトロヘタルコトハリヒトスヂヲ申サバヤトオモヒテ(『国史大系第拾四巻 百錬抄 愚管抄 元亨釈書』経済雑誌社 412頁)
最近の世の中を思うに、このフレーズが実感を持って迫る、と感じる人もおられるのではないかと。
さてこの部分、実は『愚管抄』の基本的史観、もしくは慈円の執筆動機を反映しています。それを知るため、今度は直前部分をご紹介します。
保元ノ乱イデキテ後ノコトモ。又世継ノ物ガタリト申物モカキツヅクル人ナシ。少々アルトカヤウケタマハレドモ。イマダエ見侍ラズ。ソレハミナタダヨキ事ヲノミシルサントテ侍レバ。保元以後ノヨハミナ乱世ニテ侍レバ。ワルキ事ノミニアランズルヲハバカリテ。人モ申ヲカヌニヤト。オロカニオボエテ。(同書 同頁)
この後に例の文が続きます。まとめると。これまでの『大鏡』など歴史物語は良い事ばかり残そうとしているから、乱世で悪い事ばかりの保元の乱以降は誰も書き残さないのかもしれない。しかし世の中が衰えていく道理というのを申し上げておかねばならない。慈円は、そう述べているのです。
今の時代が下り坂であることを直視して、敢えてそれを記録に残す。下り坂の時代と知りつつも、それでもその時代を生きていく。記録した歴史から未来に活かせる道理がないか、謙虚に学ぶ姿勢を持つ。慈円は、そうした志を抱きつつ執筆にあたったものでしょうか。
興味深いのは、直後に
コレヲオモヒツヅクルココロヲモ。ヤスメムトヲモヒテカキツク侍ル(同書 同頁)
とあること。たとえ下り坂の歴史でも、それに関する憂憤の思いでも。記述する事によって、言語化する事によって、心を休める事ができる。そういえば、辛い思い出や負の感情でも、書き出して吐き出す事でメンタルに好影響になる、とは聞いた事があります。何でも、言語化する事で頭と感情が整理され過去として一段落つけられるんだとか。どこまで有効かはケースバイケースなんでしょうけど。
関連サイト:
「メンタルの弱い日々」(https://kimitame.hatenablog.com)
「嫌な思い出を忘れる一つの方法(心の弱ってしまった全ての方に)」(https://kimitame.hatenablog.com/entry/2014/05/24/000245)
慈円が『愚管抄』で歴史(過去)とそれにまつわる考えを言語化したのも、似たような効能も期待したのかもですな。
閑話休題。『日本大百科全書』は、慈円の三十年にわたる祈祷の生涯を
保元の乱(1156)以来の無数の戦死者や罪なくして殺された人々の得脱の祈りに加え、新時代の泰平を祈るところに慈円の本領があった
と評しています。今日の時代において、改めて思い出されるべき人物かも知れませんな。
【参考文献】
『国史大系第拾四巻 百錬抄 愚管抄 元亨釈書』経済雑誌社
『日本大百科全書』小学館
by trushbasket
| 2022-04-20 20:00
| NF








