竹添井井『武侯墓』〜楠木正成と諸葛亮〜
|
この間、湊川合戦に因んだ雑記を投下したかと存じます。今回も、引き続き湊川合戦に関連した漢詩をご紹介しようかと。竹添井井の『武侯墓』です。
作者、竹添井井(1842-1917)は近代の漢学者です。肥後天草の出身で、本名は進一郎。戊辰戦争に熊本藩参謀として参加し、明治政府の下で清国天津領事や朝鮮弁理公使などを歴任した後に東京帝国大学教授となり経書を講じています。『春秋左氏伝』研究で知られ、主著に『左氏会箋』などがあります。
武侯墓
灑涙幾囘過湊河
定軍山下又滂沱
人生勿作讀書子
到處不勝感慨多
(猪口篤志著『新釈漢文大系46 日本漢詩 下』明治書院 663頁)
涙を灑いで幾回か湊河を過ぐ
定軍山下 又 滂沱
人生 読書子と作ること勿かれ
到る処 感慨の多きに勝へず
〈超意訳〉
これまで何度、楠木正成最期の地たる湊川を涙しつつ通り過ぎたことだろう。
そして今、諸葛亮の墓所である定軍山でも涙を留める術がない。
人生をすごすには、知識人になどなるものではない。
どこの場所でも、感慨を催す事が多くて耐えられたものではないのだから。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
●●●○○●◎
●○○●●○◎
○○●●●○●
●●●○●●◎
韻脚は「河、沱、多」の下平声五歌。結句の四文字目が孤平になってるようですが…。
以下、語句解説です。
・武侯
三国時代蜀漢の政治家・武将である諸葛亮(181-234)。字は孔明。武侯は諡。琅邪陽都(山東省沂水県)の人。隠遁生活をしていたが劉備が三顧の礼で迎えたのに応じこれに仕える。戦略家として活躍し、主君を曹操の魏・孫権の呉に対抗する有力者とする事に成功。劉備の死後も蜀漢の宰相として内政に尽力すると共に最強国魏に遠征したが果たせず病没した。出陣の際に奏上した『水師表』は名文として知られる。
・灑涙
涙を流す。灑とは、「そそぐ」。
・湊河
湊川。神戸市中央部を流れる川。「河」となっているのは韻の都合か。ここで延元元年(建武三年 1336)五月二十五日、後醍醐天皇方の軍勢がこれと敵対する足利尊氏の大軍を迎え撃って敗れ、後醍醐方の名将・楠木正成が討死した。正成を祀る湊川神社が、現在は建てられている。
・定軍山
諸葛亮の墓所がある場所。
・滂沱
ここでは、涙がとめどなく流れるさま。雨が降り頻る様や、水・汗が激しく流れ落ちる様を指すこともある。
・読書子
読書人、知識人。この句は、蘇軾『石蒼舒酔墨堂』に「人生識字憂患始」とあるのを踏まえたか。
・到処
いたるところ。
・勝
ここでは「たえる」。
楠木正成、諸葛亮。共に忠節と悲運とで知られた知将です。それだけに、古典的知識人の感慨を呼び覚ます存在だった事が察せられる詩ですね。
【参考文献】
猪口篤志著『新釈漢文大系46 日本漢詩 下』明治書院
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『普及版 字通』平凡社
『動植物名よみかた辞典 普及版』日外アソシエーツ
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
関連記事:








