2022年 09月 11日
歌枕「飛火野」〜名の由来は狼煙台〜
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今回の歌枕シリーズは、「飛火野」。「とぶひの」もしくは「とびひの」と読み、奈良の春日大社境内から東大寺・興福寺に広がる林野を指します。「春日野」とも呼ばれ、そちらの名称で馴染みのある方も多いかも。
和銅五年(712)に急を告げるための烽(とぶひ)(狼煙台)が置かれた事からその名があります。古い都のお膝元だけあって古来から歌枕とされ、
『万葉集』巻十
春日野の 浅茅が上に 思ふどち
遊ぶけふの日 忘らえめやも
〈超意訳〉
春日野の丈が低いチガヤの上で、気の合った友人たちと遊んだ今日の事は、忘れられない。
『古今和歌集』巻一
春日野の 飛火の野守 出でて見よ
いまいく日ありて 若菜つみてむ
〈超意訳〉
春日野の狼煙台にいる番人よ、持ち場から出て見てくれ。あと何日すれば若菜を摘む時節になるだろうか。
といった歌も。『続古今和歌集』巻一 春歌上からは
春御歌中に 順徳院御歌
春日野や まだ霜がれの 春風に
あをばすくなき 萩の焼原
〈超意訳〉
春日野よ。まだ草木が霜で枯れてしまう寒さなので、春風が吹いても、青葉もまだ少ない、山焼した萩の野原よ。
文永二年白河にて人々に七百首歌よませ侍しに 前左大臣
消そむる 雪まもあらば とぶひのに
はや下もえの 若な摘てん
〈超意訳〉
雪が溶けて消え始め、積もった雪の隙間も出てきたので、飛火野で早くも芽を出し始めた若菜を摘もうではないか。
若なを詠侍ける 前大納言為家
わかなつむ わが衣手も 白妙に
とぶひの野べは 淡雪ぞふる
〈超意訳〉
若菜を摘む私の衣の袖も真っ白になるほど、飛火野の野には儚く消える春の雪が降りかかる事よ
といった感じで歌が詠まれています。
ついでに、ここで語句解説。
・浅茅
丈が低いチガヤ
・思ふどち
気の合った仲間同士、「どち」が仲間の意
・霜枯
草木が霜のため枯れてしまう時節
・下萌
地中から草の芽が萌え出る事
・衣手
衣の袖
・白妙
カジやコウゾで織った白い布、転じて真っ白な事
・淡雪
春の消えやすい雪
「若菜摘み」というシチュエーションの歌が多いのはお気づきかと思います。正月の初めの子日や七日の白馬節会などで春先に萌え出る蔬菜を羹にして食べる習慣がありました。春日野(飛火野)は、その蔬菜を摘む場所として詠まれているケースが目立ちます。
また「焼原」が詠まれているのは、早春の山焼が念頭に置かれているかと。山の枯草を焼く事で、灰を肥料として草の生長を促すと共に、害虫の卵などを除く行事です。春日野同様に奈良公園の一角をなす若草山で一月十五日に行われる山焼は、今日でも風物詩となっています。
そうした山焼や若菜摘みといった新春早春の行事とセットで歌に詠まれてきたと言えそうですね。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『百科事典マイペディア』平凡社
『大辞泉』小学館
『続古今和歌集 上』吉田四郎右衛門尉刊行
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by trushbasket
| 2022-09-11 15:45
| NF








