2022年 11月 06日
歌枕「大堰川」〜都から程近い、急流と紅葉で知られた名所〜
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今回の歌枕シリーズは「大堰川」。京都の西を流れる桂川のうち、亀岡盆地から上流部分をこう呼ぶそうです。水源は丹波山地の東。亀岡盆地から下流が保津川、更に渡月橋辺りから桂川と呼ばれ淀川へと合流します。
歌枕として詠まれた事例を挙げると、まずは『古今和歌集』恋一の
けふ人を こふる心は 大井がは
ながるる水に おとらざりけり
〈超意訳〉
今日、あの人を恋い慕う気持ちは大堰川の流れる水に劣らず激しいものです。
が知られます。大堰川の流れは急なものとして知られていたようですね。
『続古今和歌集』巻第六 冬歌における事例を見てみると
京極前関白大井川にまかりて水辺紅葉といふ事をよみ侍ける 堀川左大臣
となせ川 音には瀧と ききつれど
みれば紅葉の 渕にぞ有ける
〈超意訳〉
戸無瀬川は 噂では滝と聞いていたけれども、実際に来てみれば紅葉の葉を湛えた渕であったことよ。
承暦三年おなじ逍遥に水辺落葉を 大納言経信
嵐ふく 山のあなたの もみぢばを
となせの瀧に をとしてぞみる
〈超意訳〉
嵐が吹くという、嵐山の彼方にある紅葉の葉を、戸無瀬の滝に落として鑑賞している。
承久二年十月光明峯寺入道前摂政大井河の紅葉見にまかり侍けるにつかはされける 順徳院御歌
大井川 もみぢの色は かはるとも
ふるきながれの 跡はみゆらん
〈超意訳〉
大堰川で、紅葉の色は赤く変わった今でも、古い流れのような我が行幸の跡は残っているだろうか。
御返し 光明峯寺入道前摂政左大臣
紅葉葉は 入江の松に ふりぬれど
千世のみゆきの 跡は見えけり
〈超意訳〉
紅葉の葉は、川の入江に生える松にふりかかっております。しかしながら、千代までも残るであろう、行幸があった跡は覆い隠されず見えておりました。
光明峰寺摂政とは、九条道家の事。第四代鎌倉殿である九条頼経の父であり、それを背景に権勢を振るった人物です。源実朝が暗殺された後の、まさしく承久の乱前夜の緊張した政治状況が、この歌が詠まれた背景にある。それを念頭に置くと、感想も違ってくるかも。やがて訪れる乱によって共に失脚するも、やがてくっきりと明暗が分かれた二人による歌のやり取りです。
「戸無瀬」という地名が何回か出てきましたね。戸無瀬とは、渡月橋上流の古い地名。紅葉の名所として知られていました。この戸無瀬の急流は、「戸無瀬の滝」とも呼ばれていました。そういえば、堀川左大臣(源俊房)の歌でも「瀧と聞きつれど」と言われていましたな。
源俊頼による『散木奇歌集』にも
となせより ながす錦は 大井河
いかだにつめる このはなりけり
〈超意訳〉
戸無瀬から流れる美しい錦と見えたものは、大堰川を渡る筏の上に散り積もった紅葉であった事よ。
なんて歌があります。『赤染衛門集』にも
うしろめた とくといそがて 紅葉ばは
となせのたきの おちもこそすれ
〈超意訳〉
不安である。早くと急がねば紅葉の葉は、戸無瀬の滝に落ちて流されてしまうだろう。
なお、オリジナルの「戸無瀬の滝」は角倉了以による工事に伴って失われ、現在は嵐山渓谷の櫟谷神社上流にある滝をそう呼んでいるそうです。
大堰川、そして戸無瀬は、滝とも称される急流と紅葉で知られる都から比較的近い名勝だったのですね。歌枕として好まれるのもよくわかる話でした。
【参考文献】
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『日本人名大辞典』講談社
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『続古今和歌集 中』吉田四郎右衛門尉刊行
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by trushbasket
| 2022-11-06 14:19
| NF








