2023年 01月 04日
常陸高浜と恋歌〜恋瀬川の河口だから恋歌?〜
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あけましておめでとうございます。遅くなりましたが、本年もよろしくお願い申し上げます。今回も前回同様、『続古今和歌集』巻第十二 恋歌二から題材を。
寄浦恋を 藤原光俊朝臣
よそにみて 袖やぬれなん ひたちなる
たかまの浦の おきつ白波
〈超意訳〉
恋しいあの人を遠くから見ているだけで、涙で袖がぬれてしまいそうだ。あたかも常陸国の恋瀬川河口、高浜に打ち寄せる白波に濡れるかのように。
常陸の「たかまの浦」とは、恐らくは常陸高浜かと。現在は茨城県石岡市にある霞ヶ浦に注ぎ込む恋瀬川の河口で、『常陸国風土記』にも記された古くからの港町です。霞ヶ浦水運の要地で、昭和中頃まで沿岸物資の集積地だったとされています。そんな重要地点だけに都の貴族にも名は伝わり、「恋瀬川」だけに「恋」の歌で用いられたものなんでしょうかね。
なお、作者の藤原光俊(1203-1276)についても少し。父と共に順徳天皇に仕えた関係で承久の乱後に九州へ流罪となりましたがやがて帰洛。藤原定家に学び『新勅撰和歌集』に四首入集するなど歌人として台頭します。定家死後はその子・為家と対立する立場の歌人として活動。鎌倉将軍宗尊親王の歌道師範となり、やがて『続古今和歌集』撰者にもなりますが親王の将軍廃位に伴い失脚しています。
【参考文献】
『続古今和歌集 中』吉田四郎右衛門尉刊行
『日本大百科全書』小学館
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本人名大辞典』講談社
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by trushbasket
| 2023-01-04 20:34
| NF








