2023年 03月 29日
歌枕「和歌浦」に見る『続古今和歌集』編纂絡みの歌その2〜後嵯峨院による祝福〜
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だいぶ前になりますが、歌枕「和歌浦」が勅撰和歌集編纂の意気込みを示すため詠み込まれた事例をご紹介しました。今回は、その和歌集『続古今和歌集』がめでたく出来た際の祝福に「和歌浦」が使われた例について。
問題の歌は『続古今和歌集』巻第二十賀歌にあります。
此集かきてたてまつるとてつつみかみにかきつけ侍し 前内大臣 基
此たびと 波よせつくす 玉津嶋
みがくみことを 神はうくらし
〈超意訳〉
和歌浦の玉津島へ波が次々寄せてくるかよように、この度の勅撰和歌集にと数々の和歌が寄せてきた。勅撰和歌集を作れという、玉のように磨かれた院の御言葉を神は受容なされたようです。
玉津島とは、和歌浦の南にある島(現在は陸続き)。古来から行幸先にも選ばれ、聖武天皇行幸の際は山部赤人が長歌を詠んでいます。
返し 太上天皇
和歌浦に 波よせかくる もしほ草
かきあつめてぞ 玉もみえける
〈超意訳〉
和歌浦で波が海藻に寄せかかるかのように、書き溜められた和歌。これをかき集めたからこそ、光輝く玉が見える心地がするのだろう。
なお、「もしほぐさ」とは塩を採取するための海藻。「かきあつめる」にかけて和歌では歌などの詠草を意味したりもします。
「太上天皇」とは、この和歌集編纂を命じた後嵯峨上皇。そしてこの「前内大臣 基」とは、下記のサイトによると藤原基家らしいです。
関連サイト:
「国際日本文化研究センター」(https://www.nichibun.ac.jp/ja/)より
「続古今和歌集」(https://lapis.nichibun.ac.jp/waka/waka_i013.html)
藤原基家(1203-80)は鎌倉時代の貴族で九条良経の子、後九条前内大臣と称されます。和歌や漢詩に長じ、『続古今和歌集』撰者の一人でもありました。編纂した歌集を後嵯峨院に奉った際の祝賀の歌と、後嵯峨院による祝福の歌。これもその当該和歌集に採録されているのですな。
【参考文献】
『続古今和歌集 下』吉田四郎右衛門尉刊行
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
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by trushbasket
| 2023-03-29 22:12
| NF








