2023年 06月 20日
『続拾遺和歌集』恋歌での「末の松山」〜やはり定番の一つ〜
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奥州にあるという歌枕「末の松山」。恋歌で「変わらぬ恋心」を誓う意味合いで用いられるのが通例、というお話はだいぶ前にしたかと存じます。
今回は、『続拾遺和歌集』でも恋歌で使われていたよ、というお話を。参照するのは巻第十五 恋歌五。
太上天皇
思ひあまり 袖にも波は こえにけり
ありしにかはる すゑの松山
〈超意訳〉
悩んでもどうにもならず、私の袖も波が越えてかかったかのように涙で濡れている。末の松山は「波は決して越えない」と聞いていたが、昔とは違うようだねえ。
題しらず 九条左大臣
逢事は かけてもいはじ あだ浪の
こゆるにやすき 末の松山
〈超意訳〉
貴方との逢瀬は決して口にはすまい。末の松山に波が越えないように恋心は変わらぬとは聞くけれどさにあらず、人の心というのは変わりやすいし、虚しい浮名も立ちやすいものだから。
後嵯峨院大納言典侍
波こさば いかにせむとか たのめけん
つらきながらの 末のまつ山
〈超意訳〉
末の松山は波を越えないとは聞くけれど、もし越えてしまったらどう頼みにすればよいのか。それを思うと辛い恋である事よ。
「末の松山」が恋歌の定番文句の一つである事、「変わらぬ恋心とは聞くけれど、実際には…」といった不安や嘆きが込められた用例が目立つことは『続拾遺和歌集』からは見て取れそうではあります。
なお、余談ながら。上にあった「太上天皇」とは、おそらくは『続拾遺和歌集』編纂を命じた亀山院(1249-1305 位1260-1274)。大覚寺統(南北朝における南朝を生んだ系統)の祖として知られている人です。
【参考文献】
『続拾遺和歌集 下』
『大辞泉』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
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by trushbasket
| 2023-06-20 20:12
| NF








