王績『野望』〜五言律詩〜
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以前、漢詩における「野望」という言葉は現代日本人が連想するのとは少し違う意味合いがある、というお話をいたしました。今回はその具体例として、王績『野望』という詩を鑑賞しようかと。
王績(585-644)は隋末唐初の詩人で、絳州竜門 (山西省)の人。字は無功、号は東皐子。科挙に合格したものの、朝廷勤務を嫌い酒浸りの生活を送り隋末混乱期には隠遁。唐が成立すると再び召し出され、日に三升の酒が支給されるのを魅力として門下省待詔となります。やがて一斗の酒を支給されるようになり「斗酒学士」と呼ばれました。しかし程なくその職も辞して阮籍や陶淵明の風を慕い酒と老荘思想を愛する生活を送ったそうです。『東皐子集』を残しています。
東皐薄暮望
徙倚欲何依
樹樹皆秋色
山山惟落暉
牧人駆犢返
獵馬帶禽歸
相顧無相識
長歌懐采薇
東皐 薄暮に望む
徙倚との 何くに依んと欲す
樹樹 皆秋色
山山 惟だ落暉
牧人 犢を駆て返り
猟馬 禽を帯びて帰る
相ひ顧るに相識無し
長歌 采薇 を懐ふ
(『唐詩選解 中』小林新兵衛より)
〈超意訳〉
東の沢辺で私は日暮どきの野原をながめる。
彷徨うにも何処に身を寄せたらよかろうか。
木々はすっかり秋模様で、
山々を照らすのはただ夕日のみ。
牧夫は子牛を駆りたてて戻り、
狩猟用の馬も猛禽を連れて帰ってくる。
道中で振り返ってみても、顔見知りはいない。
声を長く伸ばし心ゆくまで歌い、周による簒奪を嫌って隠遁し首陽山で薇をとって餓死した伯夷叔斉兄弟を思う。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
○○●●△
●●●○◎
●●○○●
○○○●◎
●○○●●
●●●○◎
○●○○●
○○○●◎
韻脚は「依、暉、帰、薇」の上平声五微。
以下、語句解説です。
・東皐
皐は沢、岸辺のこと。なお、東皐は王績自身の号でもあるのは上述した通り。
・徙倚
歩き巡る、彷徨う。
・落暉
没する太陽。落日。「暉」とは光のこと。
・犢
子牛。
・猟馬
狩りに出る馬。
・禽
鳥類の総称。
・長歌
ここでは、声を長く伸ばして歌う、心ゆくまで歌うこと。
・采薇
ゼンマイを採る。殷末周初の人である伯夷と叔斉が周の武王が殷の紂王を討とうとしたのを諌めるも容れられず、「不義の国である周の穀物は食べない」と首陽山に隠遁してワラビを採って餓死した逸話を連想させる。彼等が作ったとされる「采薇歌」が残っている。
のどかな風景を歌ってはいますが、「采薇」の一言を添える事で「道なき世である事を嘆いている」心情が仄めかされているそうです。
【参考文献】
『唐詩選解 中』小林新兵衛
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『普及版 字通』平凡社
『動植物名よみかた辞典 普及版』日外アソシエーツ
池田四郎次郎『故事熟語大辞典』宝文館
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
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