2023年 07月 20日
歌枕「衣関」〜陸奥の象徴〜
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まずは、『続拾遺和歌集』巻第九羈旅歌にあるこの二首の歌をご覧ください。
旅歌の中に 大蔵卿行宗
みやこ出て 立かへるべき 程遠み
衣の関を けふぞこえゆく
〈超意訳〉
都を旅立ってから、引き返すには道のりが余りにも遠くなってしまった。何しろ奥州の衣関を今日越えていくのである。
衣笠内大臣
旅人の 衣の関の はるばると
都へだてて いくかきぬらむ
〈超意訳〉
旅人たる私は奥州衣関まではるばると、都を離れて何日かけてやってきたのだろう。
という訳で今回の歌枕シリーズ、お題は「衣関」です。歌枕としての衣関は、平泉町および胆沢郡衣川村付近の衣川流域にあったとされる関所。衣川関・衣河関とも呼ばれます。九世紀初頭に胆沢城が築かれた時に同時に設けられたという話もありますが、文献上の所出は、十世紀の歌人源重之の歌集『重之集』だそうで、その辺りの設置ではないか、と推測されているようです。以降、「裁ち」「袖」「着」など衣絡みの縁語と共に陸奥国の名所として歌に詠まれてきました。
例えば『後撰和歌集』には
ただちとも たのまざらなん 身に近き
ころものせきも あるといふなり
〈超意訳〉
貴方との契りは、今すぐにとはあてにしていません。遠い陸奥まで行かなくとも身近にも「衣の関」はあると聞いていますから。
この歌の「衣関」には「衣服で隔てられている」という意味が込められており、「すぐ近くにいる男女が契りを結ばない」状況を仄めかしています。こういう形で「衣関」を用いる例もあるそうです。藤原実方の
わかるとも ころものせきの なかりせば
そでぬれましや みやこながらも(『実方集』)
〈超意訳〉貴方と離れ離れになったとしても、二人を隔つ衣関がなかったならば、涙で衣の袖を濡らす事はありますまい。都にいるとしても。
という歌もそんな匂いがしますね。
勿論、冒頭で述べた二首のように、素直に「都を離れ遠くまで来た感慨」をうたった紀行の歌も多いですよ。藤原実方も衣関を題材にした歌が三首残っているそうですが、陸奥守として現地で没した人だけに世の感慨を呼んだものがあると思われます。
【参考文献】
『続拾遺和歌集 下』
『日本歴史地名大系』平凡社
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
※2023/7/27 参考文献の版元書き忘れを修正。
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by trushbasket
| 2023-07-20 21:03
| NF








