2023年 11月 29日
「楠木正成の兵法の弟子」〜令和の漫画では北条時行、江戸の伝承では…桃井直常〜
|
人気漫画『逃げ上手の若君』の主人公、北条時行。彼が鎌倉北条氏の生き残りで足利尊氏を仇としている事は、何度か言及しましたしご存知の方も多いかと思います。さてこの時行少年、作中ではなんと楠木正成から兵法の極意に関して教えを受けています。無論、元来は敵味方の関係ですから、身元を隠して上洛した時の事ではありますが(※)。
※ただし、後に正体を知った後も正成は時行に悪感情を抱いた様子はありませんでした。
まあ、少なくとも作中においては時行と正成はある意味似たもの同士ではありました。時行が
「天性の…逃げ上手」「時行様は臆病なのではない 純粋に逃げるのが大好きなのだ」
(松井優征『逃げ上手の若君』1 集英社)
と評される一方、正成も
「卑怯や臆病と言われようが自信を持って逃げるべし!」
「逃げる事は生きる事 この正成の信念にござる」(松井優征『逃げ上手の若君』7 集英社)
と力強く宣言。流石は互いに「この男と本気で逃(や)り合ったら…逃げ負けるかもしれない!」(同書)とよくわからない好敵手認定をした間柄ですな。
そして一方、時行少年は
「貴方様こそは生存本能の怪物 生き延びる才能に誰より特化し 生死の境のヒリつく緊張が大好きなお方」(松井優征『逃げ上手の若君』1 集英社)
なんて言われる側面もあり、そして正成の方も漫画作品によっては
「人は何のために生きるんだろうか」
「俺はな…焼けつくような危機を前に… 全身全霊骨身を削って小便漏らしながら 切り抜けるためだと思う」
「少なくとも 俺はそうだ」
「俺はとにかく ひりついていたいんだよ!」
(河部真道『バンデット』4 講談社)
なんて宣ってたりするので、『逃げ上手の若君』作中においてもその意味でも魂の奥底で響きあうものがあったのかもですな。
さて。時行が正成から教えを受けたというのは『逃げ上手の若君』における創作なのは言うまでもないとして。それとは別に、正成から兵法の教えを受けた「弟子」であるという伝承を持つ武将は他にもいるそうですな。その名は、桃井直常。足利一門の武将で、観応の擾乱では直義陣営の柱石として活躍した人物です。
その伝承が記されているのは、徳川期に成立した『太平記評判秘伝理尽抄』なる書物。時行と同時期に、やはり北条一族である名越時兼が北陸で挙兵していたのですが、その鎮圧の任を建武政権から受けたのが『太平記評判秘伝理尽抄』によれば直常でした。そして、直常は出征するに当たって正成から教えを受けたというのです。曰く、「人の欲につけこむ」「虚言で兵を集める」「忍者を使って情報を集める」「夜討ち、朝駆けなどの奇襲をしかける」「配陣図の分析」「偽手紙で混乱させる」「敵を自陣に誘い込み背後から討つ」といった条条だったとか。直常はこの教えに従って巧みに兵を集め敵情を探り調略を行なって勝利したのだとか。
そうした伝承もあってか、やはり徳川前期の『本朝百将伝』でも直常はかつて楠木正成を師として兵法を学んだという記述があるそうで。
なお、史実ではこの時兼の反乱鎮圧に直常が当たった様子はないそうです。
南北朝を舞台にした創作において、楠木正成は「兵法の師」キャラが似合う、というのは昔も今も変わらないのかもですね。
【参考文献】
松井優征『逃げ上手の若君』1-13集英社
河部真道『バンデット』1-6 講談社
松山充宏著『桃井直常とその一族 鬼神の如き堅忍不抜の勇将』戎光祥出版
関連記事:
by trushbasket
| 2023-11-29 21:44
| NF








