2023年 12月 06日
大正期の森鴎外が漢詩で漏らした感慨〜基督に憑らず禅に参ぜず〜
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今回は、久々に森鴎外ネタ。クリスマスも近くなってきたということで関連書籍を繙いていると、鴎外の漢詩にぶつかったのでご紹介を。大正四年八月頃の詩で、幕末の医師渋江抽斎の事績を追うのに取り組んでいた時期にあたります。それでは、見ていきましょう。
去来何必問因縁
入地昇天任自然
至竟效顰非我事
不憑基督不参禅
去来 何ぞ必ずしも因縁を問はん
入地 昇天 自然に任す
至竟 顰みに效ふは 我が事に非ず
基督に憑らず 禅に参ぜず
(タテノ=クラハト克美『鴎外の降誕祭 森家をめぐる年代期』NTT出版 242頁)
〈超意訳〉
私の過去についても未来についても、どうして因縁をあれこれする事があろう。
地獄に堕ちるか天に行けるかは成り行きに任せよう。
結局、世の中の人々の真似をするのは、私の柄ではない。
キリストに身を委ねる事も、禅の教えに縋る事もしない。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
⚫︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎⚪︎◎
⚫︎⚫︎⚪︎⚪︎△⚫︎◎
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韻脚は「縁、然、禅」の下平声一先。
以下は語句解説です。
・去来
去る事と来る事、過去と未来。
・因縁
仏教用語で物事が生じるのに直接関係する要素を「因」、因を助けて結果を生じさせる間接的な条件を「縁」という。
・至竟
「至」は行き着くところ、「竟」は「ついに、結局は」。
・效
ここでは「まねる」。
・顰
顔を顰めること。「顰みに倣う」という慣用句が、『荘子』にある逸話から「安易に真似をする」という意味で用いられる。
・憑
ここでは「頼りにする、拠り所にする」。
どこまで鴎外の本音を表した作品かまではわかりませんが、この時期の彼の死生観というかそうした方面のスタンスを知る上で参考になる一編だとは言えそうですね。
【参考文献】
タテノ=クラハト克美『鴎外の降誕祭 森家をめぐる年代期』NTT出版
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『中日辞典 第三版』小学館
『故事成語を知る辞典』小学館
『普及版 字通』平凡社
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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by trushbasket
| 2023-12-06 21:17
| NF








