2024年 01月 11日
歌枕「広沢池」~月や桜の名所~
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今回、久々に歌枕シリーズ。例によって『新後撰和歌集』からです。巻第十九 雑歌下にある
ひろさはの池にまかりてよみ侍ける 天台座主道玄
老てみる 我かげのみや かはるらん
むかしながらの ひろさはの池
〈超意訳〉
年老いて、私の姿だけが変わってしまった。
広沢の池は昔と同じだというのに。
という歌。ここに登場する広沢池が今回のお題になります。広沢池とは、京都市右京区嵯峨広沢町にある東西三町、南北三町、周囲十六町(一町は約109m)の用水池のこと。音戸山の南、大覚寺や大沢池の東にあります。
伝えられるところでは、宇多天皇の孫にあたる寛朝僧正が永祚元年(989)に遍照寺を建立した際に開削したとされ、遍照寺池とも呼ばれています。
古くから月や桜を鑑賞する名所とされ、歌枕として知られました。例えば藤原良経『秋篠月清集』には
広沢の 池におほくの 年ふりて
なほ月のこる 暁の空
〈超意訳〉
広沢の池のほとりで多くの年を過ごしたけれど、
昔と変わらず月が明け方の空に残っている事よ。
なんて歌があり、『拾玉集』(慈円の歌を南北朝期に尊円法親王がまとめたもの)にも
秋の月の 影やいづくと とひゆけば
こたへて澄める ひろさはの池
〈超意訳〉
秋の月の光はどこにあるのか、と尋ねていくと、
その問いに答えるかのように澄み渡っている広沢の池よ。
といった歌があるそうです。
なお。一説では秦氏の支族で嵯峨野を開拓した人々によって伝承より早く開削されたのではないか、という話もあるそうです。
【参考文献】
『新後撰和歌集 下』吉田四郎右衛門尉刊行
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『日本歴史地名体系』平凡社
『大辞泉』小学館
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by trushbasket
| 2024-01-11 20:59
| NF








