2024年 03月 05日
藤原道長の漢詩『晩秋遊清水寺上方』〜平易かつ風雅な一篇だと個人的には思います〜
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今年の大河ドラマ『光る君へ』で主人公まひろ(紫式部)のソウルメイトにして準主役というべき立ち位置にあるのが、藤原道長。作中では兄道隆が若き貴族たちを招いて漢詩の会を催した際に「漢詩が何より苦手なのです」と溢していましたが、いざ会が開かれてみるとなかなかどうして。密やかにまひろへの切ない想いを込めた作(※)を披露していましたね。場の雰囲気を壊した様子はないですし、作中の設定としても相応の力量があるものと見て良いでしょう。
※作中で披露された作、実は白楽天の詩らしいですが、ここでは本題ではないのでスルーいたします。
さて、そうなると気になるのは、「ではリアル道長さんはその辺どうだったのか」という問題。実のところ岩波文庫『王朝漢詩選』には、道長の手による七言律詩が収載されていますから、こちらも相応の力量があったと考えて問題なさそう。個人的には平明かつ風雅で割と好みです。押韻や平仄もわかりやすく綺麗ですし。
では、見ていきましょう。
晚秋遊淸水寺上方 藤原道長
淸水寺深東嶺頭
暫辭塵境草堂幽
雲端鐘響逐嵐去
澗口泉聲穿石流
禮佛獨憐霜葉老
伴僧同入暮山秋
輪廻世世纏煩惱
今仰大悲豈有愁
清水寺は深し 東嶺の頭、
暫く塵境を辞り 草堂幽なり。
雲端の鐘響 嵐を逐ひて去り、
澗口の泉声 石を穿ちて流る。
仏を礼まひ 独り霜葉の老ゆらくを憐れび、
僧を伴はれて 同に暮山の秋に入る。
輪廻して世世に煩悩に纏はるるも、
今し大悲を仰げば 豈愁有らんや。
(原文、書き下し文とも小島憲之編『王朝漢詩選』岩波文庫 393-394頁)
〈超意訳〉
秋の終わりに清水寺を訪ねて 藤原道長
清水寺は東山のほとり深いところにあり、
しばらく俗世を離れて行くと、草の庵は物静かである。
雲の果てから聞こえる鐘の音は山の空気を追いかけるかのように消えていき、
谷川の入口にわく泉は水音をたてて石に穴をあけつつ流れていく。
御仏に礼拝してただ一人紅葉が朽ちて行くのをあわれに思いつつ、
僧侶に伴われて共に夕暮の秋の山に分け入る。
輪廻転生する事に煩悩を振り払えずに来たけれども、
ここで観世音菩薩を仰いだならば、死後の救済に関して何の心配があろうか。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
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韻脚は「頭、幽、流、秋、愁」で下平声十一尤。以下は語句解説です。
・清水寺
京都市東山区清水にある寺で現在は北法相宗の総本山。延暦十七年(798)に坂上田村麻呂によって建立されたと伝わる。本尊は十一面観音像で、平安中期には已に広く信仰を集めるようになっていた。西国三十三箇所第十六番札所。
・上方
山寺を意味する。
・東嶺
東にある山。京都東山の別称としても用いられる。
・塵境
心を汚す色・声・香・味・触・法の六つ(六塵)。塵に汚れた世界、俗世間。
・幽
奥深く物静か。
・雲端
雲の端、雲の果て。
・嵐
ここでは「暴風」ではなく「山のみずみずしい気」という意味。嵐気。
・澗口
谷川への入口。
・礼仏
仏を礼拝すること。
・霜葉
紅葉のこと。杜牧『山行』で「霜葉は二月の花よりも紅なり」と詠まれる。
・輪廻
車輪が廻転してとどまることのないように,次の世にむけて無限に生死をくり返すこと。
・煩悩
心身を煩わせ迷わせる精神作用。
・大悲
衆生の苦しみを救う仏や菩薩の大いなる慈悲。または大悲菩薩。観世音菩薩の異称で、衆生の苦しみを救う存在であることからこの名がある。
この世の苦しみからの救いを求め、また俗世間からしばしなりと逃れたくて仏を拝む。こう考えるといかにも平安期の人らしい作と言えそうですな。
【参考文献】
小島憲之編『王朝漢詩選』岩波文庫
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本歴史地名大系』平凡社
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『普及版 字通』平凡社
『動植物名よみかた辞典 普及版』日外アソシエーツ
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
関連記事:
※2024/3/20 平仄で凡ミスがあったので修正。お恥ずかしい。
by trushbasket
| 2024-03-05 21:25
| NF








