2024年 03月 28日
「十」を漢詩で何故か「しん」とよむ時〜平仄の都合らしいですが、不要という話も〜
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前回、晩唐の詩人杜牧の代表作『江南春絶句』をご紹介しました。
前回の末尾でも申し上げましたが、この『江南春絶句』、転句の下五文字が全て仄声。一方で五文字目の「十」が平声なら色々丸く収まる形になっています。
そしてもう一つ。この転句、「なんちょう しひゃくはっしんじ」と伝統的に読み下される事はご存知の方も多いかと。今回はその辺りに関するお話。
結論から申し上げますと、「十」を平声とするため「しん」読みしているらしいのです。これ、江南地方の音を用いたという説もあるようですが、詳細不明。平声というなら、どういう分類なのか。それも実のところ、よく分からず。「針」(下平声十二侵)と同じとするものもあれば、「津」(上平声十一真)と同じというものもあり。調べた範囲では謎が多いままでした。
でもって、「別に無理して平声扱いする必要は実はない」という意見も昔から根強いようで。手元の明治三十九年(1906)に出た『故事熟語辞典』でも「通常の如く「ジュー」と読み、仄三連として見るべきなり」(三島中洲監修、池田蘆洲輯著『故事熟語辞典』宝文館 607頁)と書かれてます。小川環樹も「破格の詩は少なくないので、韻脚以外では読みかえる必要はない」(松浦友久、植木久行訳『杜牧詩選』岩波文庫 389頁)としています。
確かに破格(平仄が原則通りでない)の詩も現実問題、名作と言われる作品にも多々みられるのは事実。だから、「気にしすぎ」「ジュウ読みの仄声扱いで問題なし」という意見も妥当性がありそうです。実際、「現代の中国版の諸注では、この点に言及するものはほとんどない」(同書 18頁)のだそうで。
とは言え、平声なら平仄が万事丸く収まる位置に「十」が来ている漢詩、(全体の中では微々たる割合なんでしょうが)ちらほら見かけるのも事実。いくつか例を挙げていきます。
まず一つ目。白居易の七言律詩『正月三日間行』の頷聯(第三句と第四句)は
綠浪東西南北水 紅欄三百九十橋
(簡野道明著『白詩新釋』明治書院 209頁)
となっており、素直に見ると平仄は
⚫︎⚫︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎ ⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎⚫︎◎
となります。なお、いつも通り○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしています。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
それもあってか、解説書には「南朝四百八十寺」の事例を引き合いに「十の字ここにては平声として読む。」(同書 210頁)と書かれています。
次は蘇軾の七言律詩『次韻段縫見贈』、やはり頷聯はこう。
細思種薤五十本 大勝取禾三百廛
(『續國譯漢文大成 蘇東坡詩集第三巻』國民文庫刊行會 649頁)
平仄はこの通り。
⚫︎⚪︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎ ⚫︎⚫︎⚫︎⚪︎⚪︎⚫︎◎
やはり、「五十は杜牧之の南朝四百八十寺の句法、平声読のシンにて」(同書 同頁)と解説に書かれてます。
他にも、個人的に見かけたものとしては、七言絶句でこんな事例もあるようです。
関連サイト:
「詩詞世界」(http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/index.htm)より
「戚継光 馬上作」(https://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p47.htm)
この詩の転句は
一年三百六十日(平仄は⚫︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎)
となり、また日本漢詩ですが
関連サイト:
「詩詞世界」(http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/index.htm)より
「伊藤東涯 早春漫書」(https://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/shi4_08/jpn369.htm)
この詩の転句も
圖書三百六十日(平仄は⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎)
と平声であって欲しい位置に「十」が来ています。これまた、ここが平声なら全て丸く収まる、という位置に。
そんな形で「十」の文字をチラホラみる経験すると、その位置にある「十」は平声なんだ、と解釈したくなるのはそこまで不思議な事ではない気がします。当否は兎も角として。
…で、実際のところ、どうなんでしょうな。
【参考文献】
松浦友久、植木久行訳『杜牧詩選』岩波文庫
三島中洲監修、池田蘆洲輯著『故事熟語辞典』宝文館
石井庄司、飛田隆、山口正、飯島孝夫『実践国語教育大系 第9巻』教育出版センター
澤井常四郎『經學者平賀晋民先生』大雄閣書房
簡野道明著『白詩新釋』明治書院
『續國譯漢文大成 蘇東坡詩集第三巻』國民文庫刊行會
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本歴史地名大系』平凡社
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『普及版 字通』平凡社
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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この時も、「日本人と漢詩」絡みで二回で一つの話をしてますね。
日本人ならではの漢詩との付き合い方、という話題。
※2024/4/4 引用部分にミスがあり修正。意味が正反対になってました。反省。
by trushbasket
| 2024-03-28 22:08
| NF








