2024年 09月 17日
<一応、ネタバレ注意>『逃げ上手の若君』と故事成語〜元ネタは政局も見据えた出処進退だった可能性?〜
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<注意>今回の記事は、漫画『逃げ上手の若君』のネタバレが懸念されます。雑誌掲載分未読の方、単行本派の方は回避もしくは自己責任にて読み進めていただければ幸いです。
南北朝時代を舞台にした人気漫画、『逃げ上手の若君』、アニメもますます好調なようで喜ばしい限りです。原作漫画の進行も、ストーリーの大きな節目の時期にさしかかってるようで今後が気になるところ。
という訳で。今回は作中に登場した故事成語「蓴羮鱸膾」を取り上げようかと。…タイミング的にも、もう良いですよね?
古の中国で、張翰なる人物が故郷の喜菜の羹と鱸の膾の味を思い出し辞職して帰郷した。その故事に由来し、望郷の念が抑え難い事を意味する言葉であるとは既にご存知の方も多いかと。故郷の味そのものを意味する事もあるそうで、幸田露伴『露団々』でも「蓴羹鱸膾炉辺に半日を酒徒と楽しむに如んや」とあるのもそうした意味でしょうな。
出典は『晋書』文苑伝だそうですから張翰さんは晋の時代の人だったんですな。呉中(江蘇省呉県)の人で、字は季鷹。
原文は
翰因見秋風起乃思呉中菰菜蓴羹鱸魚膾曰人生貴得適志何能羈宦数千里以要名爵乎遂命駕而帰(『精選版 日本国語大辞典』小学館より)
〈書き下し〉
翰、秋風の起るを見るに因つて、乃ち呉中の菰菜・蓴羹・鱸魚の膾を思うて曰く、人生適意を得るを貴ぶ、何ぞ能く羈宦数千里、以て名爵を要せむや、と。遂に駕を命じて帰る。
(『古文真寳新釋 前集』博文館 59頁)
〈超意訳〉
張翰は秋風が吹くのを見て、故郷呉中のマコモダケ、蓴菜のスープ、スズキの刺身を恋しく思っては「人生、心に適った生き方を得ることが大事だ。どうして、数千里も郷里を離れて宮仕えに縛られまでして、高い位を必要とするものか」と言い、とうとう車の用意を命じて帰郷した。
というものらしいです。
少し語句解説をすると。菰菜とはマコモの若茎に黒穂菌が寄生して筍のように根が膨らんで白くなったものだそうです。蓴はジュンサイ科の水生多年草で、初夏の若い芽は食材として珍重されます。羈とは繋ぎ止める事。
さて。実のところ、張翰がこの時に官職を辞したのは、単に望郷の念に駆られただけの話ではない可能性があるようです。
当時の西晋は、八王の乱の最中。天下統一を成し遂げた武帝司馬炎の死後、権力をめぐり帝室一族の間で291年から306年まで内乱が起こっていたのです。張翰は当時の実力者であった司馬冏(けい)に召し出され司馬東曹掾に任じられたのはこうした時期の事。そして司馬冏は権勢の余り信望を失いつつあったそうです。
そうした中で、張翰は大安元年(302)にこうした挙に出たのです。司馬冏が失脚したのはその少し後の事。なので、「司馬冏が身を全うできないのを見越して、巻き込まれないよう巧みに身を処した」とする見方もあるようです。
【参考文献】
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本詩話叢書 第四巻』文会堂書店
『大辞泉』小学館
『普及版 字通』平凡社
『古文真寳新釋 前集』博文館
『國譯一切一切經 史傳部四』大東出版社
『續國譯漢文大成 高青邱詩集 第四卷』國民文庫刊行會
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by trushbasket
| 2024-09-17 20:31
| NF








