2024年 10月 15日
「なにはのこと」とは〜秀吉の辞世で有名なフレーズ、『玉葉和歌集』の用例からも見る〜
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豊臣秀吉の辞世が
さて、今回注目するのは「難波のことも」という句。この「難波」、秀吉が拠点を構えた大坂、特に上町台地を基本的に意味しているのは言うまでもありません。すなわち「大坂城での栄華も」といったニュアンス。しかし、「なにはのこと」には別の意味もあるそうで。
『大辞泉』には「何はの事」という項目で「どんな事」あるいは「あれやこれやの事、万事」という意味もあるとしています。秀吉の辞世における「難波のこと」もこの意味とかけているのはまあ間違いないでしょう。「大坂での栄華も含め何もかもが」という意味合いになります。
せっかくなので秀吉の辞世以外での「なにはのこと」の用例を見てみましょう。『後拾遺和歌集』哀傷には
こうした事も念頭に置き、その文脈上で見ると秀吉の辞世も一層味わい深くなる気がしてきます。
【参考文献】楠戸義昭『豊臣秀吉99の謎』PHP研究所
露と落ち 露と消へにし わが身かなというものである事はご存知の方も多いかと思います。秀吉の毀誉褒貶の激しさはここでは置くとして、この辞世を見る限りでは、一代で天下人まで成り上がった劇的な生涯、秀吉死後の羽柴宗家の諸行無常というべき行末もあいまってか、「夢のまた夢」というフレーズが迫ってくるものがあります。 聞くところによれば、秀吉は細川幽斎から和歌の手解きを受けたと『細川家記』にはあるそうで、他にも
難波のことも 夢のまた夢
露とちり 雫と消ゆる 世の中に
なだ(涙)と残れる 心なるらん
露と落ち 消へにしことわ ゆみ(夢)よだにもと世の儚さを詠んでいるとか。これらの歌の延長上にあの辞世もあるのかもですな。
よものくさきを まぼろしとみる
さて、今回注目するのは「難波のことも」という句。この「難波」、秀吉が拠点を構えた大坂、特に上町台地を基本的に意味しているのは言うまでもありません。すなわち「大坂城での栄華も」といったニュアンス。しかし、「なにはのこと」には別の意味もあるそうで。
『大辞泉』には「何はの事」という項目で「どんな事」あるいは「あれやこれやの事、万事」という意味もあるとしています。秀吉の辞世における「難波のこと」もこの意味とかけているのはまあ間違いないでしょう。「大坂での栄華も含め何もかもが」という意味合いになります。
せっかくなので秀吉の辞世以外での「なにはのこと」の用例を見てみましょう。『後拾遺和歌集』哀傷には
いにしへに なにはのことも 変らねどなんて歌があるとか。
涙のかかる たびはなかりき
〈超意訳〉
あの方がいた昔と 何も変わってはいないというのに、今回ほど涙の溢れる旅はこれまでなかった。
関連記事:手元の『玉葉和歌集』でも巻第十五 雑歌五に
「み熊野ねっと」(https://www.mikumano.net)より
「後拾遺和歌集 熊野の歌」(https://www.mikumano.net/uta/goshuui.html)
この歌は源信宗が熊野詣の最中で難波に宿した際の歌だそうで。やはり「難波」が掛け言葉になっていたんですな。
題しらず 前中納言資宣という歌もありました。
よしあしは わかぬ身なれど 世にすめば
なにはのことも みてぞ久しき
〈超意訳〉
物事の良し悪しはわからぬ愚かな身ではありますが、長く世に住んでいますのであんなことやこんなことも色々と久しく目の当たりにしております。
こうした事も念頭に置き、その文脈上で見ると秀吉の辞世も一層味わい深くなる気がしてきます。
【参考文献】楠戸義昭『豊臣秀吉99の謎』PHP研究所
初田景都・大友宗哉『サムライたちの辞世の句』辰巳出版
『大辞泉』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『玉葉和歌集 下之二』吉田四郎右衛門尉刊行
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by trushbasket
| 2024-10-15 21:08
| NF








