2024年 10月 28日
いよいよ勅撰和歌集にも後醍醐「天皇」が登場 in 『続千載和歌集』〜鎌倉末期を実感〜
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しばらくご無沙汰してしまいました。変体仮名に慣れる目的もあってチマチマと読み進めてる勅撰和歌集も、『続千載和歌集』まで来ました。
さて、まずはこの『続千載和歌集』について概説しておきます。全二十巻からなり、収載された歌は薬2150首に及びます。文保二年(1318)に後宇多院の院宣によって二条為世が編纂を命じられ、元応二年(1320)に成立を見ています。
この和歌集の冒頭にあたる巻第一春歌上の中に、こんな歌がありました。
おなじ心を 今上御製
をしなべて 空にしらるる 春の色は をのが音のみと 鶯ぞなく
〈超意訳〉
どこを見渡しても空に見られる春らしさは我が声だけだ、と言わんばかりに鶯が鳴いていることよ。
「今上」とは、和歌集が編纂された時点で在位していた天皇を指します。編纂を命じたのは後宇多ですが、彼は天皇ではなく「治天の君」(皇室の家長)として院政を行なっていた存在。この時に玉座にいたのは誰かと申しますと…元号が「文保」になってからといえば…そう、「あの」後醍醐天皇なのです。後宇多院の次男。
とはいえ、先ほど申し上げた通り、まだ後宇多院が院政を行っていますので後醍醐の本領発揮はまだもう少し先の事。親政を開始して時代を動かし始めるのは、和歌集成立の翌年にあたる元亨元年(1321)からです。
なお、「おなじ心を」とあるのは、一つ前にあたる亀山院(後醍醐の祖父)の歌の詞書「位におましましける時うへのをのこども鶯の歌つかうまつりけるついでによませ給うける」を受けて同様に「鶯の歌」を詠んだ、という意味かと。
ちなみに、この歌の次にある
百首歌めされしついでに 法皇御製
家ゐして ききぞ馴ぬ 梅花 さけるをかべの うぐひすのこえ
〈超意訳〉
家に留まっていると、聞き慣れてしまった。梅の花が咲く丘の辺りで鳴く鶯の声を。
この「法皇」が後宇多院にあたるようです。
前に『新後撰和歌集』へ出てきた際は「尊治親王」だった後醍醐ですが、いよいよ勅撰和歌集にも現役の「天皇」として登場。なお、『玉葉和歌集』には姿が見られなかったように記憶します。両統迭立とか二条派京極派の対立とか党派性を感じますな。
しかしこうして後醍醐が「天皇」として登場すると、勅撰和歌集の上でも鎌倉も末期なのを実感させられますね。南北朝の足音が、確かに近づいている。そんな感慨を抱く「今上御製」の四文字でした。
【参考文献】
『続千載和歌集 上之一』吉田四郎右衛門尉刊行
『大辞泉』小学館
『日本大百科全書』小学館
『学研全訳古語辞典』学研
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関連サイト:
「国際日本文化研究センター」(https://www.nichibun.ac.jp/ja/)より
こちらでも当該の歌は見れます。
by trushbasket
| 2024-10-28 21:08
| NF








