2024年 12月 02日
藤原伊周『秋日到入宋寂照上人舊房』〜大河では割食いましたが、漢詩の才ある人でした〜
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大河ドラマ『光る君へ』もいよいよ最終盤。「刀伊の入寇」が取り上げられ、藤原隆家が太宰府の地で現地責任者として危機に適切かつ果敢な対処をする姿も描かれましたね。さて、今回主題にするのは隆家の兄である伊周。
今更かもしれませんが、伊周(974-1010)について。摂政藤原道隆の嫡男として生まれ若くして内大臣まで栄達しますが、父が死去した後は政権を叔父の道長と争った末に敗れやがて事件を起こし太宰府に配流されます。翌年に赦免されやがては准大臣の待遇を受けますが再び権力の座につく事はありませんでした。
ドラマではかつての栄光に執われ道長を呪詛した末に自滅する存在でしたが、容貌優れ漢詩の才もある事も言及はされていましたね。演じていたのは三浦翔平さん。道長への怨念に取りつかれて鬼気迫る様も見事に演じておられました。
関連サイト:
「NHK」(https://www.nhk.or.jp/)より
「【「光る君へ」人物紹介】藤原 伊周」(https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/p8na9PYYwM/bp/pGMVBOW69Q/)
伊周は才学に関しては『大鏡』でも「御ざえ日本には余らせたまへる」と称賛されるものだったとか。
そこで今回は、伊周の名誉挽回という訳ではありませんがその漢詩を取り上げる事で、「才学優れた人」としての側面にも光を当ててみようかと。題は『秋日到入宋寂照上人舊房』。寂照上人については後述しますが、中国に渡って客死した天台宗の僧。彼が渡海した後、主を失った旧宅を(おそらくはかつてから交流があった)伊周が訪れて慨嘆したものです。
秋日到入宋寂照上人舊房
五臺渺渺幾由旬
想像遙爲逆旅身
異鄕縱無思我日
他生豈有忘君辰
山雲在昔去來物
魚鳥如今留守人
到此悵然歸未得
秋風暮處一霑巾
(筒野道明講述『和漢名詩類選評釈』明治書院 891-892頁)
五台渺渺たり幾由旬。
想像す遥に逆旅の身となれるを。
異郷縦ひ我を思ふ日無きも。
他生豈君を忘るる辰あらんや。
山雲在昔より去来の物。
鳥魚如今留守の人。
此に到りて悵然として帰ること未だ得ず。
秋風暮るる処 一に巾を霑す。
(同書 同頁)
〈超意訳〉
上人が赴かれた五台山は遠く、幾許の距離があるのやら。
私は遥かに旅路の身となられた御姿を想像するよりない。
異なる場所の上人がたとえ私を思い出すいとまがないとしても、
私は生まれ変わったとしても上人を忘れる事はありますまい。
山から湧き上がる雲は昔から居場所を定めぬもので今の上人を思わせますが、
鳥や魚は今も上人がおられた旧居を守っています。
私もここへまいりまして悲しみのため立ち去る事はできず、
秋風の吹く夕暮れに一人涙に暮れています。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。律詩の規則はこちらで触れています。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
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韻脚は「旬、身、辰、人、巾」の上平声十一真。「郷」は基本的に平声ですが「方向」などの意味なら仄声になるようです。あるいは平仄からはそう解するべきなのでしょうか?まあ、素直に破格の詩と見る方が自然かもですな。
以下は、語句解説です。
・寂照
天台宗の僧、生年不詳、1034年没。俗名は大江定基といい、大江斉光の子。三河守時代に任国で妻を亡くしたのを契機に永延二年(988)に出家。長保四年(1002)に五台山巡礼のため入宋の許しを得て翌年渡海した。その際に源信から天台宗の疑問二十七条を託され中国天台の四明知礼をたずね答えを得ている。帰国しようとしたが宋の宰相に止められ呉門寺に住むこととなる。真宗皇帝にも謁見、円通大師の号を賜った。故国に戻る事なく杭州で入寂した。
・旧房
かつて住んでいた住居。
・五台
山西省にある山で標高3058m。文殊菩薩の住む清涼山とされ中国仏教三大霊場の一つ。五つの峰が並び立ちいずれも頂上が平であることからこの名がある。
・渺渺
遠く遥かなさま。
・由旬
古代インドの距離の単位。牛車の一日の旅程が目安とされるが、具体的には約7-9マイル(11-14km程度?)の間で諸説あるとのこと。
・逆旅
宿屋のこと。もしくは、旅のこと。ここでは後者であろう。
・縦
ここでは「もし」「たとえ」の仮説の意。
・辰
「とき」、ここでは「時」と同じ。
・山雲
山から湧き起こる雲。
・去来
行き来する。
・悵然
失望して恨み嘆く様子。
・霑
うるおす、濡れる。
・巾
布、きれ。
高僧との詩歌の才あるもの同士としてのありし日の交流、離別の後の寂寥の情などが伝わってくる作といえましょう。この一篇は、引用元からお分かり頂けるかと存じますが、日本や中国の名作漢詩を集めた近代の詩選にも掲載されており、長きにわたって評価されてきた作品だと考えて良いかと思います。そうした作品を一つでも残し得た事実をもって、伊周の文人としての力量は評価して良いのではないでしょうか。
【参考文献】
筒野道明講述『和漢名詩類選評釈』明治書院
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『改訂新版 世界大百科事典』平凡社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本人名大辞典』講談社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『中日辞典 第三版』小学館
『普及版 字通』平凡社
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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by trushbasket
| 2024-12-02 22:37
| NF








