2024年 12月 09日
杜甫『曲江二首 其二』〜七十歳を「古希」と呼ぶ由来の詩〜
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以前、故事成語「推敲」の元ネタになった漢詩についてお話したかと存じます。今回も、故事成語の元ネタになった漢詩の話を。
長寿の祝いを表す言葉は、喜寿、米寿など色々あるのはご存知かと思います。その中で、七十歳は「古希」と呼ばれる事、これが杜甫の詩句「人生七十古来稀」に由来する事も比較的知られているかと。
しかし、この詩全体を眼にする機会は、あまりないように思います。そこで今回、この詩を取り上げようかと。すなわち杜甫『曲江二首 其二』。
曲江二首 其二
朝囘日日典春衣
毎日江頭盡醉歸
酒債尋常行處有
人生七十古來稀
穿花蛺蝶深深見
點水蜻蜓款款飛
傳語風光共流轉
暫時相賞莫相違
(筒野道明講述『和漢名詩類選評釈』明治書院 139頁)
朝より回りて日日春衣を典す。
毎日 江頭 酔を尽して帰る。
酒債 尋常 行く処に有り。
人生七十 古来稀なり。
花を穿つ蛺蝶 深深として見え。
水に点する蜻蜓 款款として飛ぶ。
語を伝ふ 風光 共に流転す。
暫時 相賞して相違ふこと莫かれ。
〈超意訳〉
朝廷を退出すると毎日春の衣を質に入れ、
毎日曲江のほとりで泥酔してから帰る。
酒屋につけがあるのはいつものことで、行く先々でたまっていく。
人生は七十まで生きられるのは稀なのだし、今を楽しむばかりだ。
蜜を吸うため花に穴を開けんばかりに突っ込んでいる蝶々が物静かな様子で見えるし、
水に尾を浸したトンボも徐に飛んでいる。
この春景色に言伝したい。私も景色も共に移り変わっていく事だろうが、
このしばらくの間だけでも互いに楽しもう、くれぐれも約を違えないでほしい、と
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。律詩の規則はこちらで触れています。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
○○●●●○◎
●●○○●●◎
●●○○○●●
○○●●●○◎
○○●●○○●
●●○○●●◎
●●○○●○●
●○○●●○◎
韻脚は「衣、帰、稀、飛、違」の上平声五微。以下は、語句解説です。
・曲江
長安の東南にあった川。漢の武帝ここに宜春苑を造営。唐代に改削された。芙蓉園などが河畔にある。
・朝回
朝廷から退廷する。
・典
質に入れる。
・酒債
酒屋のつけ。
・蛺蝶
蝶々のこと。
・深深
物静かに。
・点水
水を差す。
・蜻蜓
トンボ。
・款款
おもむろに。
・伝語
ことづて。
・賞
優れた点を楽しみ味わう。
己の老いを意識して嘆く「歎老」という漢詩の伝統的テーマを匂わせつつ、人生の黄昏が迫る中でも精一杯人生を楽しもうという心をうたった詩といえそう。そして七十という年齢の重みが現代とは違うこともよく表した一句でありました。それだけに人々の印象に残り故事成語へとなったのでしょうな。
【参考文献】
鷲野正明『漢詩の美しい言葉 季節』翔泳社
筒野道明講述『和漢名詩類選評釈』明治書院
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『日本大百科全書』小学館
『改訂新版 世界大百科事典』平凡社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本人名大辞典』講談社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『中日辞典 第三版』小学館
『普及版 字通』平凡社
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
揖斐高『江戸漢詩の情景 風雅と日常』岩波新書
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by trushbasket
| 2024-12-09 21:34
| NF








