2025年 03月 10日
『続千載和歌集』に登場した、後醍醐天皇と関わり深い女性たち〜贈従三位為子と談天門院〜
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『続千載和歌集』は後宇多法皇の命によって編纂されたとはいえ、後醍醐天皇即位後に出た歌集です。それだけに、後醍醐本人は勿論、北畠親房や洞院公賢といった南北朝を彩る貴族たちも名を見せており南北朝愛好者としては興味深いところ。
今回はそれに加えて、後醍醐と縁の深い女性歌人が二人登場したのでそれに関して。件の二人の名が見えたのは、巻第十一 恋歌一でのことです。
贈従三位為子
もらぬまに 恋しなばやと 思ふこそ
命にまさる うき名なりけれ
〈超意訳〉
この恋心が世間に漏れてしまう前に、恋焦がれて死んでしまいたい。そう思うのは、艶聞で悪い評判が立つくらいなら、命など惜しくはないからです。
※恋死とは恋焦がれて死ぬ事、浮名とは艶聞。
贈従三位為子については、こちらを。記事で述べられた二人のうち、二条為子の方です。二条為世の娘で、彼女自身も歌人として名高い人物でした。後醍醐天皇との間に尊良親王、宗良親王を儲けています。
そしてまた、この巻には
談天門院
もらさじと せくかひもなし 泪川
よどまぬ袖に かくるしらなみ
〈超意訳〉
涙の川というのは、水が漏れまいと慌てて遮ってもどうにもならぬものらしい。流れが滞ることなく押し寄せる白波のように、あの人を想っての涙が袖を濡らす事だ。
※「せく」は「塞く」(さえぎる)と「急く」(あわてる)、「胸がせく」(思いがこみあげてくる)をかけているとみられます。
という歌もあります。この歌の詠み手である談天門院(1268-1319)は後醍醐天皇の母。参議五辻忠継の娘で、名は忠子です。後宇多天皇との間に後醍醐天皇を儲けました。
やはり後醍醐即位後の歌集だけに、後醍醐関連の人物が少しずつ姿を見せてきますね。
【参考文献】
『続千載和歌集 下之一』吉田四郎右衛門尉刊行
『日本人名大辞典』講談社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
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宗良親王(後醍醐の皇子、為子の子、談天門院から見て孫)とも縁のある人物です。
by trushbasket
| 2025-03-10 22:29
| NF








