2025年 09月 01日
鎌倉期の後醍醐天皇、勅撰集収載和歌で吉野を詠む
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『続後拾遺和歌集』は後醍醐天皇の勅により元亨三年(1323)に二畳為藤・為定らが編纂を開始し嘉暦元年(1326)に成立を見た歌集です。歌数は約1350首。正中の変直前に勅が降り、完成はその数年後。時期としては本当に鎌倉時代末、という事になりますね。
さてこの『続後拾遺和歌集』巻第二 春歌下で、他ならぬ後醍醐天皇がこんな歌を寄せています。
河花をよませ給うける 御製
吉野川 波さへ花の 匂ひにて
影見る水に はる風ぞふく
〈超意訳〉
桜花で知られる吉野川は、波すら花のように艶やかだ。そんな姿を見せる水に、春風が吹き付けている。
まだ鎌倉政権下において京で在位していた時期の後醍醐天皇が、和歌の題材として吉野を詠んでいる。「だからどうした」と言われるとそれまでの話ではありますが、妙な因縁を感じる話ではあります。まあこの時点では、吉野が後醍醐終焉の地になるとは、誰も思わなかったでしょうけれど。
【参考文献】
『続後拾遺和歌集』上 吉田四郎右衛門尉刊行
『大辞泉』小学館
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by trushbasket
| 2025-09-01 23:18
| NF








