2026年 03月 10日
ついに登場、足利高氏 in 『続後拾遺和歌集』
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長らくご無沙汰しております。記事作成・更新は色々あってサボってしまっていますが、無事生きております。そして、日課の変体仮名に慣れるための勅撰和歌集読み進めもとりあえずスローペースながら続いています。なお、まだ『続後拾遺和歌集』途中です。
さて、その『続後拾遺和歌集』は巻第十六、雑歌中。ついに「あの人」も出てきました。
源高氏
かきすつる もくずなりとも 此度は
かへらでとまれ 和歌のうら波
〈超意訳〉
集められ捨てられた藻屑のようにつまらない私の歌ですが、和歌浦の波に突き返される藻屑のように却下される事なく、今回こそは勅撰和歌集の選者の下に留まって採用されてほしい。
南北朝時代における主役の一人、足利尊氏(この時期はまだ「高氏」)も勅撰和歌集に姿を見せました。この歌集を編纂するよう命じたのが後醍醐天皇なのも併せて、不思議な因縁を感じますし「南北朝動乱近し」なのを実感させられますね。
「かきすつ」とは「かき集めて捨てる」こと。「藻屑」とは「海中にある藻屑などのくず」「そのようなはかないもの」。ついでに以前の記事で触れましたが、「和歌浦」は本来の意味である和歌山県にある名所だけでなく和歌の道や歌壇を暗喩している事もままあります。その場合に和歌の浦と結びつけられる「もくず」は「藻塩草」、すなわち「塩を採る際に掻き集めて海水を注ぐため集める海藻」から転じた「かき集めた詠草」。勅撰歌人としての栄誉を切望する若き尊氏の思いが伝わってきます。
なお、この前後には「和歌の浦」を詠んだ歌が続きます。歌壇を暗喩するものもあれば文字通り名勝の風景を詠んだものもあり。そうした「和歌の浦」コーナーに見事滑り込めた青年武家歌人、やがて歴史の表舞台に躍り出る事になるとは本人すらも思ってなかったでしょうね。
【参考文献】
『続後拾遺和歌集 下』吉田四郎右衛門尉刊行
小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか』角川選書
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
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by trushbasket
| 2026-03-10 18:38
| NF








