2007年 08月 08日
国粋的にメイドの侵略に対抗を図る(笑)
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何でも、最近目覚しい我が国へのメイド文化の浸透は、百年単位の歴史を持つものらしいです。しかし、国学者やら日本文化やらをテーマにここでも書いてきた僕としては、この他国文化が我が国を蹂躙する有様を真淵先生・宣長先生・篤胤先生らが黄泉国(もしくは幽冥界)でどう御覧になっているやら、とも思ってしまうわけで(笑)。そこで、我が国固有の対抗馬はないものか、そう考えておりました。
ところで、原書房から「平成の巫女」という本が出ているようです。図書館でパラパラ見た限りでは、現在日本から美しい伝統が失われつつある事を嘆きつつも、巫女さんが如何に素晴らしいかを全編にわたり称えていると言う印象でした。著者は比較的若い世代のようで、「GS美神」のおキヌちゃんや学園祭の模擬神社でクラスメイトの巫女衣装を見て巫女属性に目覚めたそうです。まあ、おキヌちゃんで巫女に目覚めると言うのは正統派ではあると思います。実際、漫画やゲーム、アニメなどで巫女が「萌え」キャラとして多数登場しているのは事実です。と言う訳で、我が国固有の対抗馬ということで、今回は巫女について。
巫女というのは神々に使える女性の事で、元来は山伏の女版のようにして神懸りになって神託を伝えたり祈祷したりしていたようです。また現在のような統一された形ではなく儀礼・装束の地域差も大きかったとされます。
現在の白い着物に赤い行灯袴と言う巫女装束の歴史は意外に新しく、明治期に女学生の服装として着物に行灯袴という形が好評であったので、これが巫女にも採用されたと言う事です(もっとも、それ以前にも襠ありの袴を履いてはいたようです)。
明治になり全国の神社が政府の管理下に入る国家神道の時代になると、祈祷や神懸りは取り締まられ、神社で神楽を舞う他程度の役割に縮小されてしまいましたが、その体制下で儀礼・形式が整えられました。前述したおなじみの巫女装束は、こうした中で登場した訳ですね。
国家神道と言えば、国民を国家の道具として統制したとか、全国の中小神社が多く廃止されたり地域独特の祭祀が禁じられたりして伝統が破壊されたとか、評判はよろしくないですし事実負の面が多いです。しかしその過程で儀礼・形式が整えられ統一されたのも事実ではあります。現在の巫女装束は、国家神道の数少ない正の遺産と言えなくもない訳ですね。
Wikipediaの該当項目から引用すると、
と言う事だそうです。
正直言って、原書房のような「日本を守る国民会議」(「新しい歴史教科書をつくる会」の先輩みたいなもんだと思ってください)に参加したり軍事史系の本が充実してたりといった右寄りで硬派な印象がある出版社がなぜ「巫女萌え」カミングアウトのような本(そう読んだ僕の目が曇っているだけかもしれませんが、事実その系統の人が買っているようです)を出したのか不思議に思っていました。しかし、今は判った気がします。国家神道が作られた近代は、西洋の覇権から独立を守るべく国民国家を形成した時代でした。時を同じくして神国日本へ進出した「メイド」に対抗すべく八百万の神々が「巫女」を日本風に近代化させた、その結果が巫女装束だったんですよ。つまり、国家神道支持者はみんな巫女萌えなんです!な、なんだってー!
まあ最後の一文は電波なので無視してくださって結構ですが、巫女とメイドの扱いには「萌え」属性同士似た面があるようで、実際に以下のように、「メイド喫茶」ならぬ「巫女喫茶」というべきものもあるようですね(追記:「巫女」に接待されるのでなく客が「巫女」のようなコスプレができるということのようです。厳密にはあてはまらないですね、すみません)。
ファンタジー系居酒屋で、かぐや姫になってみた | Excite エキサイト
まあ、こうは言ってきましたが、変に拘らずに外国の文化をいい所取りして新しいものを生み出すのが本当の意味での日本の伝統だと思っていますので、巫女は「和風」の伝統を守りつつ(といっても明治以降の「伝統」ですが)、メイドは新しい風を持ち込みつつ、双方ともに頑張って欲しいものです。
ところで、ここまで巫女を「萌え」の対象としてのみ語ってきましたけど、実際にはれっきとした聖職者ですので、実世界の本職の方々にまでこうしたノリで迷惑をかけるのは慎まなくてはならないのは当然ですね。仮想世界と現実世界のケジメはしっかりとつけること。娯楽文化が栄えるのは大変素晴らしい事ですが、それが一面として持つ俗悪さを現実世界にまで持ち込むのはよろしくありません。時々それができてない事例があるのは困った事です。…結びの言葉まで「メイドキングダム云々」と同じになってしまいましたが、それだけ大事な問題だと思ってください。最後に無粋な言葉で締めてすみません。
【参考文献】
国家神道 村上重良著 岩波新書
山伏 和歌森太郎著作 中公新書
雑学大全現代の巫女
(http://plaza.rakuten.co.jp/goldenv/diary/200704230000/)
神社職員の装束の描き方
(http://homepage2.nifty.com/erectricalmuseum/jinjya_syouzoku.htm)
関連記事(2009年5月17日新設)
巫女装束の歴史的変遷(の一部)
またまた「巫女萌え」を歴史的に考える
萌える大英帝国 セーラー服&メイド服成立史
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関係発表
「本居宣長」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
参考サイト
「巫女装束研究所」(http://www.miko.org/~tatyana/)
「有識com 巫女装束」(http://www.yusoku.com/miko.html)
「好奇心の御社『月天神社』」(http://home3.highway.ne.jp/siena/miko/top.htm)
ところで、原書房から「平成の巫女」という本が出ているようです。図書館でパラパラ見た限りでは、現在日本から美しい伝統が失われつつある事を嘆きつつも、巫女さんが如何に素晴らしいかを全編にわたり称えていると言う印象でした。著者は比較的若い世代のようで、「GS美神」のおキヌちゃんや学園祭の模擬神社でクラスメイトの巫女衣装を見て巫女属性に目覚めたそうです。まあ、おキヌちゃんで巫女に目覚めると言うのは正統派ではあると思います。実際、漫画やゲーム、アニメなどで巫女が「萌え」キャラとして多数登場しているのは事実です。と言う訳で、我が国固有の対抗馬ということで、今回は巫女について。
巫女というのは神々に使える女性の事で、元来は山伏の女版のようにして神懸りになって神託を伝えたり祈祷したりしていたようです。また現在のような統一された形ではなく儀礼・装束の地域差も大きかったとされます。
現在の白い着物に赤い行灯袴と言う巫女装束の歴史は意外に新しく、明治期に女学生の服装として着物に行灯袴という形が好評であったので、これが巫女にも採用されたと言う事です(もっとも、それ以前にも襠ありの袴を履いてはいたようです)。
明治になり全国の神社が政府の管理下に入る国家神道の時代になると、祈祷や神懸りは取り締まられ、神社で神楽を舞う他程度の役割に縮小されてしまいましたが、その体制下で儀礼・形式が整えられました。前述したおなじみの巫女装束は、こうした中で登場した訳ですね。
国家神道と言えば、国民を国家の道具として統制したとか、全国の中小神社が多く廃止されたり地域独特の祭祀が禁じられたりして伝統が破壊されたとか、評判はよろしくないですし事実負の面が多いです。しかしその過程で儀礼・形式が整えられ統一されたのも事実ではあります。現在の巫女装束は、国家神道の数少ない正の遺産と言えなくもない訳ですね。
Wikipediaの該当項目から引用すると、
明治維新を迎え、国学的な神道観を基に神社祭祀制度の抜本的な見直しが為されたが、1873年(明治6年)には神霊の憑依などによって託宣を得る行為は教部省によって全面的に禁止された。これは巫女禁断令と通称される。このような禁止措置の背景として、国学的な神道観による神社組織の制度化によるものである一方、文明開化による旧来の習俗文化を否定する動きの影響も伺える。
禁止措置によって神社に常駐せずに民間祈祷を行っていた巫女はほぼ廃業となったが、中には神社に留まることによって活動を続ける者もいた。また、神職の補助的な立場で巫女を雇用する神社が出始めた。後、春日大社の富田光美らが、巫女の神道における重要性を唱えて巫女舞の存続を訴えると同時に八乙女と呼ばれる巫女達の舞をより洗練させて芸術性を高める事によって巫女及び巫女舞の復興に尽くした。また、宮内省の楽師であった多忠朝は神社祭祀に於ける日本神話に基づく神楽舞の重要性を主張し、其れが認められる形で浦安の舞を制作した。
現在では、巫女装束は白い小袖(白衣)に緋袴を履くのが通常である。元来、袴は襠(まち)ありであったが、明治になって教育者の下田歌子が女学生用の袴として行灯袴を発明し、好評だったことから後に同じ女性である巫女の分野にも導入されることとなった。したがって、現代は行灯型の緋袴が一般的であるが、伝統的な襠有りの袴を採用している神社もある。特に神楽を舞う場合は足裁きの都合上、襠有りでないと不都合が生じることがある。また、神社によっては若い女性向けの「濃」(こき、赤紫色)袴を用いるところもある。 神事の奉仕や神楽を舞う場合など改まった場面では千早を上から羽織る場合もある。髪型については、長い黒髪を後ろで檀紙や水引、装飾用の丈長等を組み合わせて(絵元結と呼ばれる)束ねるのを基本としているが、髪の長さを足すために髢(かもじ)を付ける場合もある。
と言う事だそうです。
正直言って、原書房のような「日本を守る国民会議」(「新しい歴史教科書をつくる会」の先輩みたいなもんだと思ってください)に参加したり軍事史系の本が充実してたりといった右寄りで硬派な印象がある出版社がなぜ「巫女萌え」カミングアウトのような本(そう読んだ僕の目が曇っているだけかもしれませんが、事実その系統の人が買っているようです)を出したのか不思議に思っていました。しかし、今は判った気がします。国家神道が作られた近代は、西洋の覇権から独立を守るべく国民国家を形成した時代でした。時を同じくして神国日本へ進出した「メイド」に対抗すべく八百万の神々が「巫女」を日本風に近代化させた、その結果が巫女装束だったんですよ。つまり、国家神道支持者はみんな巫女萌えなんです!な、なんだってー!
まあ最後の一文は電波なので無視してくださって結構ですが、巫女とメイドの扱いには「萌え」属性同士似た面があるようで、実際に以下のように、「メイド喫茶」ならぬ「巫女喫茶」というべきものもあるようですね(追記:「巫女」に接待されるのでなく客が「巫女」のようなコスプレができるということのようです。厳密にはあてはまらないですね、すみません)。
ファンタジー系居酒屋で、かぐや姫になってみた | Excite エキサイト
まあ、こうは言ってきましたが、変に拘らずに外国の文化をいい所取りして新しいものを生み出すのが本当の意味での日本の伝統だと思っていますので、巫女は「和風」の伝統を守りつつ(といっても明治以降の「伝統」ですが)、メイドは新しい風を持ち込みつつ、双方ともに頑張って欲しいものです。
ところで、ここまで巫女を「萌え」の対象としてのみ語ってきましたけど、実際にはれっきとした聖職者ですので、実世界の本職の方々にまでこうしたノリで迷惑をかけるのは慎まなくてはならないのは当然ですね。仮想世界と現実世界のケジメはしっかりとつけること。娯楽文化が栄えるのは大変素晴らしい事ですが、それが一面として持つ俗悪さを現実世界にまで持ち込むのはよろしくありません。時々それができてない事例があるのは困った事です。…結びの言葉まで「メイドキングダム云々」と同じになってしまいましたが、それだけ大事な問題だと思ってください。最後に無粋な言葉で締めてすみません。
【参考文献】
国家神道 村上重良著 岩波新書
山伏 和歌森太郎著作 中公新書
雑学大全現代の巫女
(http://plaza.rakuten.co.jp/goldenv/diary/200704230000/)
神社職員の装束の描き方
(http://homepage2.nifty.com/erectricalmuseum/jinjya_syouzoku.htm)
関連記事(2009年5月17日新設)
巫女装束の歴史的変遷(の一部)
またまた「巫女萌え」を歴史的に考える
萌える大英帝国 セーラー服&メイド服成立史
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関係発表
「本居宣長」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
参考サイト
「巫女装束研究所」(http://www.miko.org/~tatyana/)
「有識com 巫女装束」(http://www.yusoku.com/miko.html)
「好奇心の御社『月天神社』」(http://home3.highway.ne.jp/siena/miko/top.htm)
by trushbasket
| 2007-08-08 23:44
| NF








