「佐々木導誉」補足
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しかし、これはどちらが正しくてどちらが間違っていると言う性質のものではありません。例えば同時代人である楠木正成は「太平記」では「楠正成」と記されておりこちらの表記も時々見かけます。また、大塔宮護良親王を「応答宮」と表記した文書があって「おうとうのみや」と読む根拠の一つにされていたりします。
また、表記だけでなく読みも割合いい加減だったようで、上記の護良親王についても経櫃に隠れた護良を捜索しに来た敵兵が護良を見つけられず引き上げた際に「大塔宮はおわさず大唐(だいとう)の玄奘三蔵がおわした」(玄奘が訳した教典だからと思われる)と軽口を叩いた例が知られています。これから考えると、「大塔宮」は「だいとうのみや」とも読まれてはいたと考えるのが妥当ではないでしょうか?
中国にも似たような話があって、昔の庶民などは名前に決まった文字がなく発音だけがありそれに当てはまる文字を適当に充てたようです。少なくとも前近代には、人名の読み方・表記については案外いい加減だったのかもしれませんな。
【参考文献】
人物叢書佐々木導誉 森茂暁著 吉川弘文館
日本の歴史9南北朝の動乱 佐藤進一 中公文庫
歴史群像シリーズ10戦乱南北朝 学研
中国の大盗賊 高島俊男 講談社現代新書
「佐々木導誉」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/douyo.html)
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いくつかの補足(「護良親王」「新田義貞」など)
「民族英雄考―楠木正成と諸国の英雄たち―」補足:正成とフランスの英雄たち
兄よりすぐれた弟など存在しねえ?
歴史研究会関係発表
「宗良親王」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971003.html)
「楠木正成」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/001201.html)
「足利尊氏」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010511.html)
「後醍醐天皇」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html)
「菊池氏の南北朝」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021004.html)