2007年 11月 17日
カナダ史概観―苦悩と叡智と―(後半)
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前半はこちら(http://trushnote.exblog.jp/7707785/)。
前半で見たように、カナダの一般イメージは比較的希薄な傾向があります。そのせいか、「キン肉マン」のようにカナダ代表が酷い扱いを受けるケースも見られているので、カナダの名誉挽回のため可能な限り正確なイメージを掴む目的で後半ではカナダ史を概観する事にします。
現在のカナダに相当する北米大陸北部にヨーロッパ人が住み着き始めたのは比較的後になってからです。16世紀半ばにカボットやコルト・レアル兄弟、そしてジャック・カルチエらフランス人がこの地を探検し、17世紀初頭にはシャンプランがセントローレンス河岸に植民都市・ケベックを建設。百人会による開発が進められカトリックが布教されていきます。同世紀後半にはルイ14世によりこの地域は直轄化されフランス植民地として発展しましたが、18世紀になるとスペイン継承戦争でイギリスに削られ、七年戦争の敗北で北米大陸における植民地をイギリスに明け渡す事となりました。
この地域がイギリスの支配下に入った1763年、国王宣言によりケベックと東部の英領を設定すると共に先住民の居住域・文化的独自性への言及もなされています。1774年にはケベック法が制定され、旧フランス系住民にカトリック信仰やフランス民法使用・領主の現存を認めるという英国領としては異例の妥協を示しています。この頃に本国への反発を強めていた北米南部の13植民地(後のアメリカ合衆国独立13州)に対抗しケベックを防衛線とするためフランス系住民を味方につけるのが目的でした。これが、後のカナダに大きな影響を与える事になります。
アメリカがイギリスから独立すると、王党派がカナダ地域に逃れてきたこともあってイギリス系住民が急増、セントローレンス川上流(アッパー・カナダ)の人口が増加していきます。これを受けて1791年の立憲条例では、この地域をアッパー・カナダ(上流地域、西側)とロワー・カナダ(ケベックなど下流地域、東側)に区分して各州ごとに議会を設置するなど統治体制の整備が定められました。こうしてアメリカを失ったイギリスによるこの地域支配への努力がなされるのですが、ロワー・カナダではイギリス系とフランス系の対立がありアッパー・カナダでは寡頭体制による混乱が見られる有様。そこでイギリス政府は1840年には連合法により両カナダを統合して「カナダ植民地」を成立させ問題解決に当っています。
その後も様々な混乱がありましたが、折衝の末に統一的な自治体制が志向され1867年には事実上の憲法である「英領北アメリカ法」が成立。ここに「自治領カナダ」の歴史が幕を開けたのです。新生カナダ政府がまず目指したのは経済的安定でした。1878年にはマクドナルド首相が保護関税貿易を国策とすることを「ナショナル・ポリシー」で表明し、1880年代には財政難の中を押し切って大陸横断鉄道建設が進められ、国土開発に手をつけています。こうした経済政策は当初は上手くいかず、19世紀半ばの不況期には財界から米国との合併を主張する意見も見られたほどだったといいます。20世紀になると地域による経済・文化格差が社会問題となったため行政による福祉を充実させると共に連邦政府と各州の関係を緊密化し柔軟な対応を取れるようにしました。こうした木目細かい政治姿勢もあってか、第二次大戦後には経済の成長が明らかとなり、住民のカナダ人としてのナショナリズムも高まっていきます。
一方で政治的独立も着実に進めており、20世紀初頭には大英帝国としての統一的外交に反対し独自路線を歩み始めています。また、第二次大戦ではドイツ・日本に独自の宣戦布告をしており政治的な独立性が強まっているといってよいでしょう。また1982年には憲法におけるイギリス議会の権限を廃止すると共に人権問題に対応した「カナダ権利章典」(1960年)を併せた新憲法が成立。現在でもカナダはイギリス連邦の一員ではありますが、少なくともこの時点までに名実共に独立したといってよいでしょう。市民革命・独立戦争を経たアメリカと違い、平和的・段階的に独立を達成したのがカナダの特徴といえます。
外交面では、20世紀前半で上述したような自主的外交が志向され、この時期はアメリカとイギリスの仲介をする「大西洋三角外交」が方針とされました。戦後になると国際連合の枠内で、大国のみに主導権を渡すのでなく、仲介的役目を果たす事で「中間国」(大国と小国の間)による発言力を強めようとしていました。1956年のスエズ動乱においてピアソン外相が国連軍創設を提唱したのはその一例。1957年にはアメリカと北米防空協定(NORAD)を締結し国防上の協力体制を取る一方で自力での防衛をも強く志向しています。現在でもカナダは「第三の選択」を唱えてアメリカ一辺倒でなく独自の外交ルート構築を志向しており、国際平和維持活動においても可能な範囲で積極的に貢献する方針を採用しています。まあ、これらは大国といわないまでも相応の国力が会って初めて可能になるわけですが。
こうして国外的には巧みに地位を向上させてきたカナダですが、20世紀後半には国内の民族対立に本格的に苦しめられる事になりました。経済発展に伴うカナダ・ナショナリズムへのフランス系住民の反発が強まり、1965年には二言語・二文化体制を提唱。この時期からフランス系の多いケベックでは独立を目指す動きが活発となっていきます。1960年にケベック自由党による近代化(「静かな革命」)が進められるとフランス系住民による民族意識が高まり、「ケベック解放戦線」によるテロが行われた事もありました。ケベックの政治的自立を求める意見はその後も高まりを見せており、独立の可否を問う住民投票では1980年には反対59.6%対賛成40.4%、1995年には反対50.6%対賛成49.4%と辛うじて反対派が上回る程度。この問題における今後の展開が注目されます。
また、カナダにとっては隣国・アメリカ合衆国との関係も重要な課題でした。1969年にトルドー首相が「象の隣に寝ているようなものだ」と述懐しているように、カナダにとっては超大国アメリカの存在自体が脅威となりうるのです。そもそもアメリカ独立戦争や米英戦争ではアメリカ軍がカナダ国境に軍を進めた事もあり、カナダにとってはアメリカは軍事的脅威でもありました。20世紀前半にハーディング大統領がカナダを訪問して領土的野心を否定し、両国は緊密な関係を持つようになりますが経済・文化におけるアメリカの圧力は相当なものでした。宗主国イギリスにとってカナダは安価な食糧生産地であるに過ぎませんでしたが、アメリカにとっては工業原料供給先であると同時に製品販売先としても貴重な市場でした。そのため、早くからアメリカ資本が入り込んでおり自国資本の育成がしばしば課題として挙げられています。また、カナダは中央銀行の国有化を定めたカナダ銀行法(1934)や国内における穀物流通を安定させるカナダ小麦局法(1935)により経済安定を企図。一方で同じ1935年には米加互恵通商協定が結ばれるなどアメリカとの経済的な繋がりを緊密にし、更に1989年には米加自由貿易協定を結び両国貿易・経済規模の拡大を目指し、1994年にはメキシコを加えた北米自由貿易協定(NAFTA)に発展させて北米大陸での経済一体化を進めています。これはカナダの経済規模拡大をもたらした一方でアメリカとの経済同質化や加米・メキシコ間の経済格差といった問題を引き起こしているのです。
また文化面でのアメリカの影響は前半で書いた通りですが、これに対してもカナダ政府は1939年に国立映画製作庁を設立して自国映画産業の育成を図ったりカナダ・ラジオ・通信委員会がカナダ製番組の拡大・維持を目指して対応しています。
カナダの歴史は、総括すると国内ではイギリス系・フランス系の対立に悩まされ、国外ではアメリカと国境を接して政治・経済・文化で大きな圧力を受けてきた苦悩の歴史でした。その中で平和的に独立を達成し経済を発展させ外交で存在感を示すなど独自性を追求してきました。カナダの特性は、「サバイバル」よりもむしろ苦悩の中で平和的に上手く問題を処理してきたしなやかさ・強かさにあるのかもしれません。「アメリカの属国」を余儀なくされアメリカとの対応が重要課題である日本にとっても、学ぶべきものはあるかもしれません。…問題はどう有効に活かすか、なんですがね。
【参考文献】
史料が語るカナダ 1535→1995 日本カナダ学会編 有斐閣
連邦結成 カナダの試練 木村和男 NHKブックス
カナダの歴史 木村和男、ノーマン・ヒルマー、フィリップ・A・バックナー共著 刀水書房
カナダ史 木村和男編 山川出版社
キン肉マン全十八巻 ゆでたまご 集英社文庫
キン肉マン超人大全 ゆでたまご 集英社
関連記事(2009年5月17日新設)
「大陸土産は世界最強ォォーッ」―市民革命直前期の、とある文学―
諸君 私は戦争が好きだ ~高らかに謳う文学的戦闘者エルンスト・ユンガー紹介~
神国日本のしょんぼりナショナリズムと鬼子・第六天魔王信長
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/001027.html)
「ベンジャミン・フランクリン」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991203.html)
残念ながら、カナダに直接言及したものは見つかりませんでした。
関連サイト:
「カナダ史年表」(http://www.geocities.jp/hcvalis/colum/anne-chro.html)
「赤毛のアン」やその関連作品と対照してカナダの歴史を述べています。
「肉で行こう!」(http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/1630/)
「オレ流超人批評」(http://oreryu.eco.to/ore-kin/hihyo-index.htm)
「キン肉メェ~ン」(http://home10.highway.ne.jp/dudley/musulesman.htm)
「キン肉マン」のファンサイトです。カナディアンマンへの言及もあり。
「末期猩猩―ヘタレ応援サイト―」(http://www.geocities.jp/shinokaminokizoku/index.html)
漫画・アニメなどのヘタレキャラを愛をもって扱うサイトです。
前半で見たように、カナダの一般イメージは比較的希薄な傾向があります。そのせいか、「キン肉マン」のようにカナダ代表が酷い扱いを受けるケースも見られているので、カナダの名誉挽回のため可能な限り正確なイメージを掴む目的で後半ではカナダ史を概観する事にします。
現在のカナダに相当する北米大陸北部にヨーロッパ人が住み着き始めたのは比較的後になってからです。16世紀半ばにカボットやコルト・レアル兄弟、そしてジャック・カルチエらフランス人がこの地を探検し、17世紀初頭にはシャンプランがセントローレンス河岸に植民都市・ケベックを建設。百人会による開発が進められカトリックが布教されていきます。同世紀後半にはルイ14世によりこの地域は直轄化されフランス植民地として発展しましたが、18世紀になるとスペイン継承戦争でイギリスに削られ、七年戦争の敗北で北米大陸における植民地をイギリスに明け渡す事となりました。
この地域がイギリスの支配下に入った1763年、国王宣言によりケベックと東部の英領を設定すると共に先住民の居住域・文化的独自性への言及もなされています。1774年にはケベック法が制定され、旧フランス系住民にカトリック信仰やフランス民法使用・領主の現存を認めるという英国領としては異例の妥協を示しています。この頃に本国への反発を強めていた北米南部の13植民地(後のアメリカ合衆国独立13州)に対抗しケベックを防衛線とするためフランス系住民を味方につけるのが目的でした。これが、後のカナダに大きな影響を与える事になります。
アメリカがイギリスから独立すると、王党派がカナダ地域に逃れてきたこともあってイギリス系住民が急増、セントローレンス川上流(アッパー・カナダ)の人口が増加していきます。これを受けて1791年の立憲条例では、この地域をアッパー・カナダ(上流地域、西側)とロワー・カナダ(ケベックなど下流地域、東側)に区分して各州ごとに議会を設置するなど統治体制の整備が定められました。こうしてアメリカを失ったイギリスによるこの地域支配への努力がなされるのですが、ロワー・カナダではイギリス系とフランス系の対立がありアッパー・カナダでは寡頭体制による混乱が見られる有様。そこでイギリス政府は1840年には連合法により両カナダを統合して「カナダ植民地」を成立させ問題解決に当っています。
その後も様々な混乱がありましたが、折衝の末に統一的な自治体制が志向され1867年には事実上の憲法である「英領北アメリカ法」が成立。ここに「自治領カナダ」の歴史が幕を開けたのです。新生カナダ政府がまず目指したのは経済的安定でした。1878年にはマクドナルド首相が保護関税貿易を国策とすることを「ナショナル・ポリシー」で表明し、1880年代には財政難の中を押し切って大陸横断鉄道建設が進められ、国土開発に手をつけています。こうした経済政策は当初は上手くいかず、19世紀半ばの不況期には財界から米国との合併を主張する意見も見られたほどだったといいます。20世紀になると地域による経済・文化格差が社会問題となったため行政による福祉を充実させると共に連邦政府と各州の関係を緊密化し柔軟な対応を取れるようにしました。こうした木目細かい政治姿勢もあってか、第二次大戦後には経済の成長が明らかとなり、住民のカナダ人としてのナショナリズムも高まっていきます。
一方で政治的独立も着実に進めており、20世紀初頭には大英帝国としての統一的外交に反対し独自路線を歩み始めています。また、第二次大戦ではドイツ・日本に独自の宣戦布告をしており政治的な独立性が強まっているといってよいでしょう。また1982年には憲法におけるイギリス議会の権限を廃止すると共に人権問題に対応した「カナダ権利章典」(1960年)を併せた新憲法が成立。現在でもカナダはイギリス連邦の一員ではありますが、少なくともこの時点までに名実共に独立したといってよいでしょう。市民革命・独立戦争を経たアメリカと違い、平和的・段階的に独立を達成したのがカナダの特徴といえます。
外交面では、20世紀前半で上述したような自主的外交が志向され、この時期はアメリカとイギリスの仲介をする「大西洋三角外交」が方針とされました。戦後になると国際連合の枠内で、大国のみに主導権を渡すのでなく、仲介的役目を果たす事で「中間国」(大国と小国の間)による発言力を強めようとしていました。1956年のスエズ動乱においてピアソン外相が国連軍創設を提唱したのはその一例。1957年にはアメリカと北米防空協定(NORAD)を締結し国防上の協力体制を取る一方で自力での防衛をも強く志向しています。現在でもカナダは「第三の選択」を唱えてアメリカ一辺倒でなく独自の外交ルート構築を志向しており、国際平和維持活動においても可能な範囲で積極的に貢献する方針を採用しています。まあ、これらは大国といわないまでも相応の国力が会って初めて可能になるわけですが。
こうして国外的には巧みに地位を向上させてきたカナダですが、20世紀後半には国内の民族対立に本格的に苦しめられる事になりました。経済発展に伴うカナダ・ナショナリズムへのフランス系住民の反発が強まり、1965年には二言語・二文化体制を提唱。この時期からフランス系の多いケベックでは独立を目指す動きが活発となっていきます。1960年にケベック自由党による近代化(「静かな革命」)が進められるとフランス系住民による民族意識が高まり、「ケベック解放戦線」によるテロが行われた事もありました。ケベックの政治的自立を求める意見はその後も高まりを見せており、独立の可否を問う住民投票では1980年には反対59.6%対賛成40.4%、1995年には反対50.6%対賛成49.4%と辛うじて反対派が上回る程度。この問題における今後の展開が注目されます。
また、カナダにとっては隣国・アメリカ合衆国との関係も重要な課題でした。1969年にトルドー首相が「象の隣に寝ているようなものだ」と述懐しているように、カナダにとっては超大国アメリカの存在自体が脅威となりうるのです。そもそもアメリカ独立戦争や米英戦争ではアメリカ軍がカナダ国境に軍を進めた事もあり、カナダにとってはアメリカは軍事的脅威でもありました。20世紀前半にハーディング大統領がカナダを訪問して領土的野心を否定し、両国は緊密な関係を持つようになりますが経済・文化におけるアメリカの圧力は相当なものでした。宗主国イギリスにとってカナダは安価な食糧生産地であるに過ぎませんでしたが、アメリカにとっては工業原料供給先であると同時に製品販売先としても貴重な市場でした。そのため、早くからアメリカ資本が入り込んでおり自国資本の育成がしばしば課題として挙げられています。また、カナダは中央銀行の国有化を定めたカナダ銀行法(1934)や国内における穀物流通を安定させるカナダ小麦局法(1935)により経済安定を企図。一方で同じ1935年には米加互恵通商協定が結ばれるなどアメリカとの経済的な繋がりを緊密にし、更に1989年には米加自由貿易協定を結び両国貿易・経済規模の拡大を目指し、1994年にはメキシコを加えた北米自由貿易協定(NAFTA)に発展させて北米大陸での経済一体化を進めています。これはカナダの経済規模拡大をもたらした一方でアメリカとの経済同質化や加米・メキシコ間の経済格差といった問題を引き起こしているのです。
また文化面でのアメリカの影響は前半で書いた通りですが、これに対してもカナダ政府は1939年に国立映画製作庁を設立して自国映画産業の育成を図ったりカナダ・ラジオ・通信委員会がカナダ製番組の拡大・維持を目指して対応しています。
カナダの歴史は、総括すると国内ではイギリス系・フランス系の対立に悩まされ、国外ではアメリカと国境を接して政治・経済・文化で大きな圧力を受けてきた苦悩の歴史でした。その中で平和的に独立を達成し経済を発展させ外交で存在感を示すなど独自性を追求してきました。カナダの特性は、「サバイバル」よりもむしろ苦悩の中で平和的に上手く問題を処理してきたしなやかさ・強かさにあるのかもしれません。「アメリカの属国」を余儀なくされアメリカとの対応が重要課題である日本にとっても、学ぶべきものはあるかもしれません。…問題はどう有効に活かすか、なんですがね。
【参考文献】
史料が語るカナダ 1535→1995 日本カナダ学会編 有斐閣
連邦結成 カナダの試練 木村和男 NHKブックス
カナダの歴史 木村和男、ノーマン・ヒルマー、フィリップ・A・バックナー共著 刀水書房
カナダ史 木村和男編 山川出版社
キン肉マン全十八巻 ゆでたまご 集英社文庫
キン肉マン超人大全 ゆでたまご 集英社
関連記事(2009年5月17日新設)
「大陸土産は世界最強ォォーッ」―市民革命直前期の、とある文学―
諸君 私は戦争が好きだ ~高らかに謳う文学的戦闘者エルンスト・ユンガー紹介~
神国日本のしょんぼりナショナリズムと鬼子・第六天魔王信長
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/001027.html)
「ベンジャミン・フランクリン」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991203.html)
残念ながら、カナダに直接言及したものは見つかりませんでした。
関連サイト:
「カナダ史年表」(http://www.geocities.jp/hcvalis/colum/anne-chro.html)
「赤毛のアン」やその関連作品と対照してカナダの歴史を述べています。
「肉で行こう!」(http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/1630/)
「オレ流超人批評」(http://oreryu.eco.to/ore-kin/hihyo-index.htm)
「キン肉メェ~ン」(http://home10.highway.ne.jp/dudley/musulesman.htm)
「キン肉マン」のファンサイトです。カナディアンマンへの言及もあり。
「末期猩猩―ヘタレ応援サイト―」(http://www.geocities.jp/shinokaminokizoku/index.html)
漫画・アニメなどのヘタレキャラを愛をもって扱うサイトです。
by trushbasket
| 2007-11-17 08:08
| NF








