超三大陸周遊記 ~アトランティス、ムー、レムリアのお話~
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まず大西洋にはアトランティス大陸の伝説があります。
アトランティスは、紀元前5~4世紀の古代ギリシアの哲学者プラトンが著書の『ティマイオス』と『クリティアス』で伝える大西洋上の伝説の島で、プラトンは、紀元前7~6世紀の哲学者ソロンが、古の伝説に詳しいエジプトの神官から聞いたアトランティスの物語をギリシアに伝えたとしています。
この島は、リビア(アフリカ)とアジアを合わせた面積を有したとされます。ヘロドトスを元に当時のギリシア人の地理的観念を調べると、彼らの言うアジアはインドより西、エジプトより東の現在の中東全域を指します。そして彼らの言うリビアがどの程度の広がりを持つのかは、ヘロドトスが冬期に太陽が上部(南部)リビアを通過すると言い、またリビアを時計回りに周航中にいつも太陽が右手(北側)にあった、という伝聞を信じられずにいることからどうにか判断できると思います。ヘロドトスの説くところは必ずしも明確ではありませんが、それでも、彼はリビアの南端を赤道から南回帰線の間のどこかに置いているとは言って良いでしょう。したがってギリシア人の言うリビアは、少なくとも、アフリカ大陸の北半球に属する部分、エチオピア、ソマリアの収まる尖りからギニア湾の凹みをつなぐ線で切り分けた北側、アフリカ大陸が東西に大きく広がる形になった部分の全体を含んでいるということになります。そしてこれらを合わせた地域は、少なくとも東西8000キロ弱、南北4000キロ弱に達し、その面積は、一見して、オーストラリアの面積を遙かに超えていますから、アトランティスは島ではなく大陸と言って良いのではないかと思います。
それはさておき、このアトランティス大陸では豊かで強大な文明が栄えたそうです。アトランティスの富強を示す数字としては、その膨大な兵力があり、そこには全土を支配する大王権の下に十の王国が並存連合し、中心となる最大の王国だけで陸軍が1万台の戦車と100万の兵力、水軍が1200隻の軍船と24万の兵力を誇ったそうです。
他の諸王国をそれぞれ主王国の半分程度の勢力と考え、アトランティスの戦力は陸軍総兵力600万、海軍130万といったところでしょうか。
ただギリシア人は、現在、戦力の最大値を、大きめの見積もりで陸軍30万、海軍1200隻(24万人)程度と推測されているアケメネス朝ペルシア帝国の軍勢について、陸軍170万、海軍1200隻という数字を伝えており、彼らは陸上の軍勢があまりに大きくなってくると、その数について五倍以上に誇張して感じるということになります。ですからアトランティスが仮に実在したとすれば最大で陸軍100万、海軍130万といったところだと思います。
私の知る限りでは、大国における社会の人口に占める兵力の割合は通常は1~2パーセント前後なのですが、アトランティスは君主の統制権が非常に強かったそうなので、兵力の割合が高いと見て、人口は1億人といったところでしょうか。
ちなみに、この1億人がどの程度の繁栄なのかですが、古代人の語る伝説ですから、比較対象に古代の国家を持ち出すのが適当だと思われますが、ローマだとか漢だとか、代表的な古代帝国の人口は5000万程度らしいです。すなわちギリシア人は、アトランティスの強大さを、世界最大級の覇権帝国の二倍に上ると言っていることになるわけです。
その凄さを実感するために現代で喩えれば、超大国アメリカの倍の力を持った超超大国って感じでしょうか。
アトランティスはこの強大な力で周辺に支配を広げ、地中海世界にもその支配を及ぼしていたそうなのですが、紀元前1万年ごろに、突如海中に没したとされています。
ところで、このアトランティス伝説はヨーロッパ人の心を深く捉えているらしく、中世ヨーロッパの作家達はアトランティスの実在を信じていましたし、それより後の作家達はしばしば何らかの実在の土地をアトランティスに同定しようとして、アメリカ大陸やスカンディナビア、カナリヤ諸島などがその候補とされてきました。また近代に入ってもアトランティスに関する様々な著作や論文が書かれ、1920年代以降はイギリス、フランス、イタリアなどでアトランティスに関する定期刊行物が発行されるようになったそうです。
なおアトランティスの水没伝説は、紀元前1500年頃の東地中海で起こり、クレタ文明を破壊したテラ(現代ではティラ、あるいはサントリン)島の火山噴火とそれに伴う地震および津波の経験を繁栄したものと考えられています。
次に、太平洋には、19~20世紀のイギリス人ジェイムズ・チャーチワードが語り広めた、超古代大陸ムーがあります。彼は、インドのヒンズー寺院の粘土板を調査して、はるか東方にムーという名の大陸が存在したと認識するに至り、以後世界中を遍歴して情報を集め、『失われたムー大陸』などのムーに関するいくつもの著作を発表しました。
彼の説くムーは、太平洋上、西北はマリアナ諸島から東南はイースター島にいたる海域に存在した、東西8000キロ、南北5000キロの大陸で、そこには人口は6400万を擁する全人類文明の母となる華やかな大帝国が繁栄していたそうです。この帝国は良民の選出する神官王ラ・ムーの下、下々まで歌や踊りに興じて日々を送る、豊かな国であったとか。ところがムーは、紀元前1万年頃、地下のガス穴の陥没によって、突如、海中に没してしまったとのことです。
ちなみに、このムー大陸は、日本人を非常に強く魅了しており、太平洋戦争中に、ムーはかつて日本に属した大陸だから日本人がムーの残骸たる南洋諸島を支配するべきであると主張するため、排英米の空気が蔓延する時代にもかかわらず、チャーチワードの著作が翻訳出版されています。
また、現在でもムーと連合艦隊が一緒に登場するような小説が存在するそうです。
その他、ムー対アトランティスの構図の中で、一般的にはムーが正義でアトランティスが悪とされてるとかいう話も聞きます。『ToHeart2』で言ってました。
まあ、ムーの人口は、先ほど推定したアトランティスの人口と比べて圧倒的に劣り、ムー人が神官王の下で歌や踊りの惚けた生活を送っていて、軍事力となればさらに格差は開くであろうことも考えれば、ムーを悪辣な侵略者に平和を脅かされた哀れな民族と贔屓して見てしまうのも人情としてやむを得ませんし、その上、大西洋のアトランティスと太平洋のムーを並べて、思わず太平洋のムーに自らを重ねて感情移入してしまうのは、日本人なら現代であっても無理からぬことで、ムーが正義でアトランティスが悪という構図になるのは、割と自然な設定かなという気がします。
アトランティス対ムーという構図を目にして、ペリー率いる悪い白人が不平等条約片手に黒船乗って泰平に眠り惚ける日の本に黄色い猿呼ばわりしていじめに来るよって感じの幻影が、何代もの辱めを受け続けた血の奥底からうっすら立ちのぼって来ても、何の不思議もないわけです。淫猥なハリスがヒュースケンがライスが下田と函館に居座って看護婦や小間使いの名目で女の提供を強要するよ、横暴なビリレフが対馬を占領して百姓の安五郎を射殺するよ、残虐なキューパーが町人狙って鹿児島市街を砲撃するよ、傲慢なヴィルヘルムが黄禍論を獅子吼し、卑劣なウィルソンが白人主義を振り回す。何代にも渡って繰り返された我が物顔の毛唐の蛮行の、未だ癒されぬ深い屈辱と、償われぬままの哀しみと怒りが、ファンタジーの仮面の下で静かだが確かに脈打ってるんですよ。
というわけで、圧倒的軍事力でボンクラな国民に充ち満ちたムー大陸を脅かすアトランティスの狂戦士相手に、ムーの戦士が、王子はおまえに渡さぬからな、とか言って抗戦するような物語も、あって良さそうな感じです。
インド洋にも失われた大陸の話は存在します。
ただ失われた古代超文明の話であった大西洋のアトランティスおよび太平洋のムーとは少し毛色が異なり、生物学的な議論の中で仮定された大陸の話です。
かつて生物学者達は、インド洋の大海で隔てられたマダガスカルやインド、マレー半島に共通種のレムール(キツネザル)がいることから、インド洋上にそれら地域をつなぎレムールの移動を可能にした大陸、レムリアが存在したと考え、このレムリア大陸をめぐって古生物学者や地質学者を含めた激しい論争が長らく続いていたのだそうです。19世紀末のドイツの生物学者ヘッケルなど、レムリア大陸が人類発祥の地であると主張したそうですし、レムリアをマダガスカルからイースター島まで広がる巨大な大陸であると主張した者までいたそうです。
その後20世紀になると、レムリア大陸の議論は、大陸移動で現在の諸大陸が分離する前に存在した連結巨大古大陸ゴンドワナの中へと、発展的に解消されてしまったそうです。
参考資料
金子史朗著『アトランティス大陸の謎』 講談社現代新書
金子史朗著『ムー大陸の謎』 講談社現代新書
『プラトーン全集 第2巻』木村鷹太郎訳 真善美協会
『ヘロドトス 歴史』松平千秋訳 岩波文庫
長山靖生著『偽史冒険世界』 ちくま文庫
『Encyclopaedia Britannica, 2007』
『ToHeart2 XRATED』 Leaf
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