クリスマス特別記事―西洋の「センセーション・ノベル」について―
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また、アニメ「機動戦士ガンダム」劇中のソロモン要塞攻防戦で散華したドズル・ザビ中将やスレッガー・ロウ中尉、「機動戦士ガンダム0080」に登場するバーナード・ワイズマン伍長の冥福を祈るためクリスマスは喪に服すべきだという意見もネットで時に見かけます。
似たような例で比較的有名なのが漫画「かってに改蔵」に登場する「クリスマス葬儀団」でしょう。「かってに改蔵」は久米田康治先生の作品で、自分を改造人間と信じ込んだ主人公が「天才塾」なる組織から送られた変態たちと戦うというかドタバタ騒ぎをする話のはずなんですが、いつの間にかオタク文化や時事問題をパロディーにしつつ仲間内の壊れた人たちとドタバタ騒ぎをする話になっています。それはさておき、この話(少年サンデーコミックス第三巻 「’怖い’とクリスマス」)はもてない男たちが「クリスマスはネロとパトラッシュの命日だから喪に服すべきだ」と主張して「クリスマス葬儀団」を結成し、主人公とともに世間のカップルたちに天誅を加え無理やり喪に服させる物語です。中でもホテルのベッドでしっぽりしているバカップルの部屋に乱入し「今日はなんの日だ?」「パトラッシュが死んだ日!!」「ネロも死んだ日!」「喪に服せ!!喪に服せ!!喪に服せ!!」と絶叫する場面には爽快感すら漂っています。ちなみにネロとパトラッシュというのは、童話を原作としたアニメ「フランダースの犬」の主人公とその飼い犬のこと。絵を描くのが好きなこの少年に訪れた悲劇的結末は、現在に至るまで人々に強い印象を残しておりアニメ名場面特集などでは決まって登場しますから、一般への知名度も高くそれなりに説得力がありそうです。
そういえば、アニメ「ハヤテのごとく!」の最初でも「クリスマスはネロとパトラッシュの命日だから喪に服せ」とか言ってたらしいですね(参考:http://razuna2000.blog66.fc2.com/blog-entry-225.html iRRESPONSiBLE GENERATiON)。まあ、原作者・畑健二郎先生は久米田先生の弟子だったそうですからこうした事もあるでしょう。
これらの話には「もてない男」の一人として感情面で共鳴してしまうものがありますが、個人的には世の中のお祭り騒ぎを見るのは嫌いじゃありませんし、街が飾り立てられてクリスマスソングが流れていると思わず気分が浮き立つのは事実です。因みに、元来この時期のお祭り騒ぎ自体は、日が短くなるので生命力の減弱が心配され活力を回復するためであって(日に若干のずれはあっても)クリスマスに限らず世界各地で行なわれていたようですね。あと、大昔は一日の始めが夜の始まる時刻と考えられていた事を考えると、イブの夜が殊更重んじられるのもあながちおかしくはないわけです。ただ、話を戻すと、そうは言ってみても皆が等しく祝福されるべき日であるはずなのに「もてる者」が「もてない者」(「持たざる者」でも可)との格差を見せつけ後者に惨めさを味わわせる場となっているのが現状という話もあり、それではクリスマスそのものに怨念を向ける人が出ても不思議じゃありません。まあ、ネットの人たちも上記を分かった上で「お約束」として怨念に満ちた「もてない者」を演じている感じはしますけどね。
さて、「フランダースの犬」の話が出ましたので、そこから話を歴史に繋げていこうかと思います。「フランダースの犬」は19世紀後半にイギリスの女流作家・ウィーダによって書かれました。彼女の作品で我が国に知られているのはこれ一作ですから、彼女を童話作家と見る人もいるでしょうが実は女性向け小説を本領とする作家でした。そこで、今回は近代における西洋の女性向け小説について述べようかと。
1860年代には、こうした「女性の女性による女性のための小説」がイギリスで盛んに読まれたと言われています。ウィーダの他にもミセス・ヘンリー・ウッドやメアリー・エリザベス・ブラウン、ローダ・ブロードンといった面々が人気作家として知られました。当時の貸本屋には彼女らの作品ばかりだと他の作家がぼやいたとも伝えられます。特に知られた作品としては、ウッドの「イースト・リン」(1861)やブラッドン「オードリー卿夫人の秘密」(1862)などが挙げられます。
こうした作品は、上流階級の女性たちを扱い彼女らの重婚・殺人・駆け落ち・狂気・私生児・近親相姦といった黒い秘密を主題にして扇情的に読者の興味を引くものでした。作中に登場する女性たちは「外面は天使、内面は悪魔」と評され「オードリー卿夫人の秘密」でも「女たちを弱き性よばわりするなんて、とんでもない嘘っぱちだ。連中こそ強くて、騒々しくて、自己保存と自己主張の本能が強いんだ。」と言われています。おやおや、この頃は麗しい家族像が理想化されるヴィクトリア時代のはずですが、こうしてみると一部で現実の女性を嫌って二次元だ三次元だと言う向きがある現代と変わらないですね。
これらは、その扇情的な内容から「センセーション・ノベル」と通称され、女性だけでなくチャールズ・ディケンズやウィルキー・コリンズといった男性作家にも著名な作品が出現しました。というよりコリンズの「白衣の女」(1860)がこうした風潮の走りであったようです。これらの作品は犯罪を扱う関係から、そのからくりが暴かれる過程にも力を入れて描かれるようになります。それに論理性や謎、事件解決をもたらす魅力的な謎解き役といった要素が加わり、コリンズ「月長石」(1868)のように長編推理小説と言って差し支えない作品が登場するに至ります。シャーロック・ホームズに代表される推理小説の隆盛は、その十数年後のことです。
低俗な読み物として低く見られがちで、現代でも余り広く知られていない「センセーション・ノベル」ですが、娯楽として馬鹿に出来ない影響力があったというわけです。さらに、そこから「ミステリ」という娯楽小説界の雄が派生したわけですね。
まあ、皮肉めいたことも色々言ったりしましたが、せっかくの「聖夜」なのだし祝福に満ちた日にしたいものです。それでは、皆さん、メリー・クリスマス!
【参考文献】
週刊朝日百科世界の文学13シャーロック・ホームズ物語/ジキル博士とハイド氏… 朝日新聞社
女性たちのイギリス小説 メリン・ウィリアムズ 鮎澤乗光・原公章・大平栄子訳 南雲堂
フランダースの犬 ウィーダ著 村岡花子訳 新潮文庫
仏教民俗学 山折哲雄 講談社学術文庫
別冊宝島 僕たちの好きなガンダム 宝島社
別冊宝島 増補改訂版 僕たちの好きなガンダム 一年戦争徹底解析編 宝島社
かってに改蔵3 久米田康治 少年サンデーコミックス
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
女性向け小説への言及もあります。
クリスマスということで以下にキリスト教関係のレジュメを。
「西洋キリスト教史1」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/970516.html)
「西洋キリスト教史2」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971017.html)
「西洋キリスト教史3」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971212.html)
西洋におけるキリスト教の通史ですが、ネット上では中世まで。
「中世の教会と異端」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021018a.html)
「トマス・アクイナス」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991126.html)
「ビザンツ宗教外史 コプト教会史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2004/041015.html)
「分裂する東西キリスト教会」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/041120d.html)
関連サイト:
「屋根裏通信」(http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm)
ミステリ愛好者向けのサイトです。その中の「ミステリの歴史」(http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/HST/00.html#TOP)は非常に参考になりました。
「ばか集合」(http://2chart.fc2web.com/)より
「クリスマス中止のお知らせ」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/kurichuushi.html)
「楽しいクリスマス」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/tanosiikurisumsu.html)
18歳未満は閲覧禁止です。
「カジ速 Full Auto」(http://www.kajisoku.org/)より
http://www.kajisoku.com/archives/eid730.html
http://www.kajisoku.com/archives/eid1248.html
…みなさん、ローマ教皇で遊びすぎ(苦笑)。
「ゆとりWeb」(http://yutoriweb.com/index.php)中の「かってに改蔵~とらうま町~」(http://www.yutoriweb.com/kai01.htm)
「かってに改蔵」中に用いられたパロディの元ネタ解説など。
「ハヤテのごとく!」アニメ公式サイト(http://hayatenogotoku.com/)
「世界名作劇場」公式サイト(http://www.bandaivisual.co.jp/kidstop/meisaku/index.html)
「フランダースの犬」コーナー
(http://www.bandaivisual.co.jp/kidstop/meisaku/flanders/flanders.html)もあります。
「機動戦士ガンダム」公式Web(http://www.gundam.jp/)