2008年 01月 02日
金太郎あるいは坂田金時伝 ~熊と戦う天才少年戦士はその後いかなる功業を打ち立てたか~
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金太郎といえば、江戸初期以来、桃太郎と並ぶ子供姿の英雄として親しまれており、日本のおとぎ話の何とか太郎の双璧を成す存在ではないかと思います。
ところが彼の人物については、名前だけは有名な割に、妙な腹掛け着用し尻丸出しで歩き回り、熊を相手に相撲を取ったぐらいしか一般に知られていないのではないかと思います。ひょっとしたら私が知らないだけで、普通にみんな知ってるのでしょうか?
とにかく今回はそんな正体不明の英雄金太郎についてまとめます。
彼は、南北朝・室町期以前まで溯る源頼光の鬼退治伝説の登場人物の一人で、江戸時代の古浄瑠璃や歴史物語の『前太平記』、『前太平記』に世界を借りた歌舞伎作品などで英雄として親しまれました。
長きに渡って積み重なった物語における彼の生涯を、無理矢理簡潔にまとめてみると以下のようになります。
金太郎は足柄山(神奈川県)で山姥の子として生まれるが、この金太郎(江戸前期には怪童や怪童丸と呼ばれ、金太郎の名が現れるのは江戸中期以降)というのは幼名である。
彼は山中で、野獣を友とし熊と相撲を取るなどして武勇を鍛えつつ成長、上総で国守を務めた名将源頼光(948~1021)が帰洛中に同地を通過した際に見出されてその臣下となり、坂田(酒田)公時(金時)の名を与えられる。既に頼光の臣下となっていた渡辺綱、卜部季武(平季武)、碓井貞光(平貞道)と合わせて頼光四天王と呼ばれ、妖怪からの禁門の守衛や頼光を狙った土蜘蛛の退治、あるいは頼光と藤原保昌の二大武将による大江山(京都府。あるいは滋賀県の伊吹山とも言う。)の悪鬼酒呑童子討伐、山賊の征伐などに活躍し、威信と武勇を示した。愚かな子孫を残すことを恐れるとして女と生活をともにすることが決してなく、ひたすら忠義に生き、頼光が死ぬと、主君と朋友に恵まれ既に満足行くまで働くことができたとして、所領財産を顧みず、足柄山へと姿を消した。
なお四天王の中での彼の位置づけですが、鎌倉中期の説話以降に様々な物語が創られて、四天王の筆頭として目立って活躍している綱にはさすがに遠く及びません。
ただ南北朝期の『大江山絵詞』では、公時は、居ただけの残り二人とは異なり、綱の次くらいには活躍しているようです。また公時は、江戸時代の歌舞伎の『蜘蛛の糸』では貞光と共に活躍しています。ですが季武には個人で非常に古い武勇伝が残っており、平安後期の『今昔物語』を元とする妖怪の産女を打ち破る逸話が存在しています。
以上からして、綱よりだいぶ下の位置で、公時と季武が四天王の二番手を争ってるって感じでしょうか。
ところで、なんとなく少年英雄のように思われているこの人物ですが、本気で敵と対峙し活躍したのは成長後の話。『前太平記』では、彼は天暦八年(954年)生まれとされる頼光より一つ下の設定で、二十一歳で頼光に仕え、治安元年(1021年)に頼光が死ぬと三ヶ月間毎日廟参し、しかる後出奔しているわけで、六十六歳まで頼光一家に仕えていたことになります。おそらく最重要の戦いであろう大江山の酒呑童子退治は同書では永祚二年(990年)となっているのですが、この時点では三十五歳という設定になります。ですから彼を子供姿で理解するのは適切でないような気がします。本当は三十代半ばの脂ののった壮年戦士とか、忠義一徹四十年の老戦士として理解するのが良いはずなんですよ。
とはいえ金太郎物語は、乱暴にまとめれば、子供ながら熊と相撲が取れる怪力天才少年戦士が、長じて二大有力武将の一人の何人もいる手下の二番手以下という程々の位置、その他大勢に毛が生えた程度の並みの勇者ってところに落ち着いてしまう、なんだか微妙な感じの出世物語であり、昔話の英雄としては大成し損ねた天才少年と言わざるを得ない彼が、そのキャラクターイメージにおいて青年期以後を忘れ去られていたとしても仕方ない気はします。それに『前太平記』では、彼ほどの者に跡継ぎのないことを心配した主君頼光に対し、頼光の家系のように優れた子孫に恵まれることが稀である以上「子孫を求むる事は鳴呼なり」と言って、「一生妻女を具せざりけり」とあり、たぶん一般的な公時像は子作り断固拒否の童貞だから、キャラクターイメージが「童」になるのは、たとえ七十近い爺さん戦士でも、仕方ないのです。古浄瑠璃の金平節では公時の一子、坂田金平という人物を作り出したりしてるそうなのですが、その辺はまあ気にしないでください。
余談ながら『実事譚』第七編および第八編によれば、江戸初期の男伊達の旗本、水野十郎左衛門は手下に綱金時定光季武と頼光四天王の名を付けて暴れ回っていたが、ある時その手下の金時金左衛門を狂言見物の際の座席の争いに介入させ、その際、金時金左衛門は「丹波國大江山にて酒呑童子を若衆にせし坂田金時金左衛門なり」と名乗りを挙げています。「若衆」というのは男色で対象となる者のことですが、誰某を「若衆にする」というのは武勇を誇る表現だそうで、この場合、悪鬼の酒呑童子に尻を掘られる屈辱を与えることができるくらい自分は強いのだと名にからめて言いたいのでしょう。なお金時金左衛門は、ここでは喧嘩の勝者、雷十五郎をねじ伏せたものの、さらに介入してきた男伊達の町人連中、幡随院長兵衛にねじ伏せられ、唐犬権兵衛に刀を奪い投げ捨てられ、主君水野に大恥かかすという、強いには強いが程々にしか強くないという、金太郎という微妙キャラにふさわしい中途半端な暴れっぷり。
とりあえずこの話について、金太郎は、男伊達の自称に使われているだけで、実質的にはほとんど関係が無いわけですが、金太郎×酒呑童子とはなかなか凄いカップリングだと感心してしまったので、余計とは思いつつも紹介しておきました。まあ、江戸時代には金太郎を名乗るのが格好いいとか思う暴れ者が出てくる程度には、金太郎が英雄であったということの証拠にはなるでしょう。とはいえ四人一括りで扱われる微妙な存在感の英雄ですが。
ところで金太郎こと公時は史上の人物としても実在したらしく、「下毛野氏系図」や『御堂関白記』、『小右記』などから、彼がおそらく下毛野氏の出で、競馬や相撲に優れ、藤原道長の護衛隊長として活躍したことが分かるとのことです。
また『今昔物語』にも姿を見せており、平季武、平貞道、と並んで勇猛賢明な頼光の有力郎党であったとされます。ただしそこで語られるのは初めて乗った牛車の中で三人で押し合いへし合いぶつかり合い、車酔いして死にそうな思いをし、懲り懲りして以後、車には近寄らなくなったという、武勇のかけらも感じられない季武の昔語りですが。
なお彼の主である頼光の史実上の姿についても一言述べておくと、物語で名将として喧伝されるような武勇の実績はあまりないらしく、藤原摂関家とりわけ道長に取り入って各地の国守等を歴任し財力を蓄えた、巧妙な政治的武人としての面が目立つ人物です。
参考資料
高橋昌明著『酒呑童子の誕生 もうひとつの日本文化』 中公文庫
『前太平記』 栄泉社
『謡曲通解』大和田建樹編 博文館
『御伽草子』今泉定介/畠山健校定 吉川半七
『国史大系 第16巻 今昔物語』黒板勝美校訂 経済雑誌社
『スーパー・ニッポニカ Professional for Windows』 小学館
上田直鎮著『日本の歴史5 王朝の貴族』 中公文庫
竹内理三著『日本の歴史6 武士の登場』 中公文庫
稲垣足穂著『南方熊楠児談義』 河出文庫
松村操著『実事譚』 兎屋誠
関連記事(2009年5月17日新設)
天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!
房中術におけるロリコン及び男性の徳について
結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る「結婚しなくても平気になった人々」
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
横綱の歴史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971205.html
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
以下に、日本の民衆文化で歴史的に人気を博した英雄についての発表をまとめておきます。頼光や金太郎よりはまともな英雄たちです。
義経は戦の天才か?
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020510a.html
源義経に関連する能・歌舞伎演目
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020510b.html
『義経記』における義経像
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020510c.html
民族英雄考―楠木正成と諸国の英雄たち―
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/minzoku.html
楠木正成
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/001201.html
偉大なるダメ人間シリーズその2 諸葛亮(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529083/
リンクを変更(2010年12月8日)
ところが彼の人物については、名前だけは有名な割に、妙な腹掛け着用し尻丸出しで歩き回り、熊を相手に相撲を取ったぐらいしか一般に知られていないのではないかと思います。ひょっとしたら私が知らないだけで、普通にみんな知ってるのでしょうか?
とにかく今回はそんな正体不明の英雄金太郎についてまとめます。
彼は、南北朝・室町期以前まで溯る源頼光の鬼退治伝説の登場人物の一人で、江戸時代の古浄瑠璃や歴史物語の『前太平記』、『前太平記』に世界を借りた歌舞伎作品などで英雄として親しまれました。
長きに渡って積み重なった物語における彼の生涯を、無理矢理簡潔にまとめてみると以下のようになります。
金太郎は足柄山(神奈川県)で山姥の子として生まれるが、この金太郎(江戸前期には怪童や怪童丸と呼ばれ、金太郎の名が現れるのは江戸中期以降)というのは幼名である。
彼は山中で、野獣を友とし熊と相撲を取るなどして武勇を鍛えつつ成長、上総で国守を務めた名将源頼光(948~1021)が帰洛中に同地を通過した際に見出されてその臣下となり、坂田(酒田)公時(金時)の名を与えられる。既に頼光の臣下となっていた渡辺綱、卜部季武(平季武)、碓井貞光(平貞道)と合わせて頼光四天王と呼ばれ、妖怪からの禁門の守衛や頼光を狙った土蜘蛛の退治、あるいは頼光と藤原保昌の二大武将による大江山(京都府。あるいは滋賀県の伊吹山とも言う。)の悪鬼酒呑童子討伐、山賊の征伐などに活躍し、威信と武勇を示した。愚かな子孫を残すことを恐れるとして女と生活をともにすることが決してなく、ひたすら忠義に生き、頼光が死ぬと、主君と朋友に恵まれ既に満足行くまで働くことができたとして、所領財産を顧みず、足柄山へと姿を消した。
なお四天王の中での彼の位置づけですが、鎌倉中期の説話以降に様々な物語が創られて、四天王の筆頭として目立って活躍している綱にはさすがに遠く及びません。
ただ南北朝期の『大江山絵詞』では、公時は、居ただけの残り二人とは異なり、綱の次くらいには活躍しているようです。また公時は、江戸時代の歌舞伎の『蜘蛛の糸』では貞光と共に活躍しています。ですが季武には個人で非常に古い武勇伝が残っており、平安後期の『今昔物語』を元とする妖怪の産女を打ち破る逸話が存在しています。
以上からして、綱よりだいぶ下の位置で、公時と季武が四天王の二番手を争ってるって感じでしょうか。
ところで、なんとなく少年英雄のように思われているこの人物ですが、本気で敵と対峙し活躍したのは成長後の話。『前太平記』では、彼は天暦八年(954年)生まれとされる頼光より一つ下の設定で、二十一歳で頼光に仕え、治安元年(1021年)に頼光が死ぬと三ヶ月間毎日廟参し、しかる後出奔しているわけで、六十六歳まで頼光一家に仕えていたことになります。おそらく最重要の戦いであろう大江山の酒呑童子退治は同書では永祚二年(990年)となっているのですが、この時点では三十五歳という設定になります。ですから彼を子供姿で理解するのは適切でないような気がします。本当は三十代半ばの脂ののった壮年戦士とか、忠義一徹四十年の老戦士として理解するのが良いはずなんですよ。
とはいえ金太郎物語は、乱暴にまとめれば、子供ながら熊と相撲が取れる怪力天才少年戦士が、長じて二大有力武将の一人の何人もいる手下の二番手以下という程々の位置、その他大勢に毛が生えた程度の並みの勇者ってところに落ち着いてしまう、なんだか微妙な感じの出世物語であり、昔話の英雄としては大成し損ねた天才少年と言わざるを得ない彼が、そのキャラクターイメージにおいて青年期以後を忘れ去られていたとしても仕方ない気はします。それに『前太平記』では、彼ほどの者に跡継ぎのないことを心配した主君頼光に対し、頼光の家系のように優れた子孫に恵まれることが稀である以上「子孫を求むる事は鳴呼なり」と言って、「一生妻女を具せざりけり」とあり、たぶん一般的な公時像は子作り断固拒否の童貞だから、キャラクターイメージが「童」になるのは、たとえ七十近い爺さん戦士でも、仕方ないのです。古浄瑠璃の金平節では公時の一子、坂田金平という人物を作り出したりしてるそうなのですが、その辺はまあ気にしないでください。
余談ながら『実事譚』第七編および第八編によれば、江戸初期の男伊達の旗本、水野十郎左衛門は手下に綱金時定光季武と頼光四天王の名を付けて暴れ回っていたが、ある時その手下の金時金左衛門を狂言見物の際の座席の争いに介入させ、その際、金時金左衛門は「丹波國大江山にて酒呑童子を若衆にせし坂田金時金左衛門なり」と名乗りを挙げています。「若衆」というのは男色で対象となる者のことですが、誰某を「若衆にする」というのは武勇を誇る表現だそうで、この場合、悪鬼の酒呑童子に尻を掘られる屈辱を与えることができるくらい自分は強いのだと名にからめて言いたいのでしょう。なお金時金左衛門は、ここでは喧嘩の勝者、雷十五郎をねじ伏せたものの、さらに介入してきた男伊達の町人連中、幡随院長兵衛にねじ伏せられ、唐犬権兵衛に刀を奪い投げ捨てられ、主君水野に大恥かかすという、強いには強いが程々にしか強くないという、金太郎という微妙キャラにふさわしい中途半端な暴れっぷり。
とりあえずこの話について、金太郎は、男伊達の自称に使われているだけで、実質的にはほとんど関係が無いわけですが、金太郎×酒呑童子とはなかなか凄いカップリングだと感心してしまったので、余計とは思いつつも紹介しておきました。まあ、江戸時代には金太郎を名乗るのが格好いいとか思う暴れ者が出てくる程度には、金太郎が英雄であったということの証拠にはなるでしょう。とはいえ四人一括りで扱われる微妙な存在感の英雄ですが。
ところで金太郎こと公時は史上の人物としても実在したらしく、「下毛野氏系図」や『御堂関白記』、『小右記』などから、彼がおそらく下毛野氏の出で、競馬や相撲に優れ、藤原道長の護衛隊長として活躍したことが分かるとのことです。
また『今昔物語』にも姿を見せており、平季武、平貞道、と並んで勇猛賢明な頼光の有力郎党であったとされます。ただしそこで語られるのは初めて乗った牛車の中で三人で押し合いへし合いぶつかり合い、車酔いして死にそうな思いをし、懲り懲りして以後、車には近寄らなくなったという、武勇のかけらも感じられない季武の昔語りですが。
なお彼の主である頼光の史実上の姿についても一言述べておくと、物語で名将として喧伝されるような武勇の実績はあまりないらしく、藤原摂関家とりわけ道長に取り入って各地の国守等を歴任し財力を蓄えた、巧妙な政治的武人としての面が目立つ人物です。
参考資料
高橋昌明著『酒呑童子の誕生 もうひとつの日本文化』 中公文庫
『前太平記』 栄泉社
『謡曲通解』大和田建樹編 博文館
『御伽草子』今泉定介/畠山健校定 吉川半七
『国史大系 第16巻 今昔物語』黒板勝美校訂 経済雑誌社
『スーパー・ニッポニカ Professional for Windows』 小学館
上田直鎮著『日本の歴史5 王朝の貴族』 中公文庫
竹内理三著『日本の歴史6 武士の登場』 中公文庫
稲垣足穂著『南方熊楠児談義』 河出文庫
松村操著『実事譚』 兎屋誠
関連記事(2009年5月17日新設)
天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!
房中術におけるロリコン及び男性の徳について
結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る「結婚しなくても平気になった人々」
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
横綱の歴史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971205.html
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
以下に、日本の民衆文化で歴史的に人気を博した英雄についての発表をまとめておきます。頼光や金太郎よりはまともな英雄たちです。
義経は戦の天才か?
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020510a.html
源義経に関連する能・歌舞伎演目
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020510b.html
『義経記』における義経像
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020510c.html
民族英雄考―楠木正成と諸国の英雄たち―
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/minzoku.html
楠木正成
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/001201.html
偉大なるダメ人間シリーズその2 諸葛亮(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529083/
リンクを変更(2010年12月8日)
by trushbasket
| 2008-01-02 20:47
| My(山田昌弘)








