2008年 01月 09日
羅切-日本における宦官的風習について および 中国の宦官名将たち
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これまで何度か宦官について取り上げてきたわけですが、
http://trushnote.exblog.jp/7205467/
http://trushnote.exblog.jp/7815214/
今回は日本と宦官について語りたいと思います。
まず日本には、男性を去勢して宦官を作る習慣はありません。
なんでも宦官の起源として、自分たちの氏族外の異民族を去勢して征服を誇る古代的習慣があるらしいのですが、日本では既に神話の次元において出雲族や隼人族などの異種族までも同一系図の元に一氏族として統合してしまっており、古代社会のごく早い段階で自発的に宦官を出現させる前提が崩壊していたとのことです。
そして、宦官大国の中国から日本が最も熱心に文化を導入したのは唐の時代ですが、中国では既にその一つ前の隋の時代に刑罰としての去勢、宮刑は廃止されており、外来要素として宦官が導入されることもなかったとか。
とはいえ、去勢の流行と宦官の跋扈は免れたものの、日本で類似の行為が全く見られなかったわけではないそうです。例えば、成尊という僧都は、男女いずれを相手にしても生涯不犯で、女色を絶てずあるいは女色を絶つとも代用に少年に女のごとき装いをさせ、全く煩悩を克服できていない坊主が多い中、一見するとなかなか大したものなのですが、実はこの人物、生まれ落ちるや直ちに水銀を飲まされ、結果、男性器が役に立たなかったのだそうです。
この他、羅切という習慣があって、性欲を除去する目的で棒だけ切り落とすのだとか。まあ棒を落としたところで玉があれば性欲は除去できないわけで、切り跡の小突起で遊女だ少年だを夜通しウンザリするほどくすぐり遊んだ坊主も居たのだとか。だいたい玉を落とした場合でさえ必ずしも性欲は絶てないらしく、宦官が女と戯れたりすることもしばしばで、宦官の攻めはウンザリするほどくどいとか言われますから、まして玉も落とさず排出口のみ不全状態に叩き落とされては、いつまでも十分に発散されない情欲が、無駄に長々エロくねちこく渦巻いたところで、何の不思議もありません。
ちなみにこの羅切は、自ら性欲を除去しようと行う場合もあれば、女と密通した坊主を処罰して行う場合もあったとのことです。中国の宦官については、明の頃には官吏登用試験である科挙の受験勉強のため性欲除去の目的で去勢を行った例もあり、また古く刑罰としての去勢(宮刑)が存在した頃には本来的には不義密通への刑としてこれが課せられていたそうなので、羅切は去勢とかなり近い使い方をされていたと言えます。
なお日本人においては、自国には宦官のごとき奇習が存在しないと喜ぶ向きもあるようですが、羅切も十分奇習だと思いますし、去勢による宦官作成に行為態様の点でも目的の点でも似通っており、大陸文化と日本文化の間に男性器に対する性的奇習という点で喜べるほどの差異があるかどうかは少々怪しいです。南方熊楠は、玉でなく棒を除去するに留めたのは、日本人の性欲・去勢に関する学識が貧弱だったからだと言っていますが、これが本当だとすれば日本人は性的風俗において奇習に走る素質はありながらそのための学識が足りなかっただけということになり、ますますもって大陸との差異を喜んで良いのかどうか怪しいです。要するに、変態レベルにおいては大して差が無く、技術レベルが劣っていただけってことですから。
とにかく日本は、男性器加工の文化において、異常に大規模に去勢者を用いた大陸よりマシなのは確かでしょうが、胸を張って良いほどにマトモなわけではないということです。
ところで、宦官的風習を語ったついでに宦官について少し話題を追加します。
以前、東西の宦官名将としてナルセスと並べて童貫を紹介したのですが(http://trushnote.exblog.jp/7815214/)、これでは東洋がちょっと見劣りするので、今回の記事を書くに際した読書で、他に幾人か宦官の軍事的逸材の名を知ることができたのを紹介したいと思います。
まず五胡十六国時代の前秦の王苻堅に仕えた張虫毛(虫の横に毛で一文字)は宦官ながら武勇に優れ万人の敵と称された大男だそうです。また五代十国時代の晋王李存勗に仕えた宦官の張承業は、財力・兵力を養成して連年の攻戦を支えたそうです。
残念ながら彼等の資質・才覚を理解するための十分な情報が手元に無く、これ以上のことは知らないのですが、それでも敢えて彼等を評価してみると、両者とも、一方面の戦争を主将として統括し戦略戦術を駆使する類の人物ではなさそうに思えます。前者が主将の駒として働く下位部隊の優秀な指揮官、後者が主将の戦争遂行における軍略を支える軍政家といったところでしょうか?
となると、これらの人物の存在を考えても、まだ童貫が中国の宦官を代表する名将と言って良いのかも知れません。二方面の異民族征伐で大勝を収め国際的に名を轟かしたというのは、やはり大したものですし。
とりあえず、時代の違いを無視して、張承業の後方支援を受けつつ、老いる前の童貫が戦略・戦術の指導に当たり、その指揮下に張虫毛の率いる部隊が配置されるって態勢が採れれば、中国宦官史上最強の精鋭軍ができるに違いありません。これならナルセス相手にも見劣りしなさそうです。
参考資料
三田村泰助著『宦官 側近政治の構造』 中公新書
『南方熊楠コレクション第三巻 浄のセクソロジー』中沢新一編 河出文庫
宮崎市定著『水滸伝 虚構のなかの史実』 中公文庫
関連記事(2009年5月17日新設)
結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る「結婚しなくても平気になった人々」
タマはなくても矢弾は撃てる、ナニは無くとも槍は立つ いけいけ宦官大将軍
『明史』(翻訳)の見所
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
宦官の話題が出てくる発表です
『明史』 袁崇煥伝(翻訳)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/my/ensukan.html
『明史』 孫承宗伝(付、孫鉁伝等)(翻訳)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/my/sonshoso.html
鄭和の西洋下り
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980612.html
明朝衰亡・上
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/000519.html
明朝衰亡・中
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/000707.html
はじめてのさんごくしin歴研
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/031219.html
http://trushnote.exblog.jp/7205467/
http://trushnote.exblog.jp/7815214/
今回は日本と宦官について語りたいと思います。
まず日本には、男性を去勢して宦官を作る習慣はありません。
なんでも宦官の起源として、自分たちの氏族外の異民族を去勢して征服を誇る古代的習慣があるらしいのですが、日本では既に神話の次元において出雲族や隼人族などの異種族までも同一系図の元に一氏族として統合してしまっており、古代社会のごく早い段階で自発的に宦官を出現させる前提が崩壊していたとのことです。
そして、宦官大国の中国から日本が最も熱心に文化を導入したのは唐の時代ですが、中国では既にその一つ前の隋の時代に刑罰としての去勢、宮刑は廃止されており、外来要素として宦官が導入されることもなかったとか。
とはいえ、去勢の流行と宦官の跋扈は免れたものの、日本で類似の行為が全く見られなかったわけではないそうです。例えば、成尊という僧都は、男女いずれを相手にしても生涯不犯で、女色を絶てずあるいは女色を絶つとも代用に少年に女のごとき装いをさせ、全く煩悩を克服できていない坊主が多い中、一見するとなかなか大したものなのですが、実はこの人物、生まれ落ちるや直ちに水銀を飲まされ、結果、男性器が役に立たなかったのだそうです。
この他、羅切という習慣があって、性欲を除去する目的で棒だけ切り落とすのだとか。まあ棒を落としたところで玉があれば性欲は除去できないわけで、切り跡の小突起で遊女だ少年だを夜通しウンザリするほどくすぐり遊んだ坊主も居たのだとか。だいたい玉を落とした場合でさえ必ずしも性欲は絶てないらしく、宦官が女と戯れたりすることもしばしばで、宦官の攻めはウンザリするほどくどいとか言われますから、まして玉も落とさず排出口のみ不全状態に叩き落とされては、いつまでも十分に発散されない情欲が、無駄に長々エロくねちこく渦巻いたところで、何の不思議もありません。
ちなみにこの羅切は、自ら性欲を除去しようと行う場合もあれば、女と密通した坊主を処罰して行う場合もあったとのことです。中国の宦官については、明の頃には官吏登用試験である科挙の受験勉強のため性欲除去の目的で去勢を行った例もあり、また古く刑罰としての去勢(宮刑)が存在した頃には本来的には不義密通への刑としてこれが課せられていたそうなので、羅切は去勢とかなり近い使い方をされていたと言えます。
なお日本人においては、自国には宦官のごとき奇習が存在しないと喜ぶ向きもあるようですが、羅切も十分奇習だと思いますし、去勢による宦官作成に行為態様の点でも目的の点でも似通っており、大陸文化と日本文化の間に男性器に対する性的奇習という点で喜べるほどの差異があるかどうかは少々怪しいです。南方熊楠は、玉でなく棒を除去するに留めたのは、日本人の性欲・去勢に関する学識が貧弱だったからだと言っていますが、これが本当だとすれば日本人は性的風俗において奇習に走る素質はありながらそのための学識が足りなかっただけということになり、ますますもって大陸との差異を喜んで良いのかどうか怪しいです。要するに、変態レベルにおいては大して差が無く、技術レベルが劣っていただけってことですから。
とにかく日本は、男性器加工の文化において、異常に大規模に去勢者を用いた大陸よりマシなのは確かでしょうが、胸を張って良いほどにマトモなわけではないということです。
ところで、宦官的風習を語ったついでに宦官について少し話題を追加します。
以前、東西の宦官名将としてナルセスと並べて童貫を紹介したのですが(http://trushnote.exblog.jp/7815214/)、これでは東洋がちょっと見劣りするので、今回の記事を書くに際した読書で、他に幾人か宦官の軍事的逸材の名を知ることができたのを紹介したいと思います。
まず五胡十六国時代の前秦の王苻堅に仕えた張虫毛(虫の横に毛で一文字)は宦官ながら武勇に優れ万人の敵と称された大男だそうです。また五代十国時代の晋王李存勗に仕えた宦官の張承業は、財力・兵力を養成して連年の攻戦を支えたそうです。
残念ながら彼等の資質・才覚を理解するための十分な情報が手元に無く、これ以上のことは知らないのですが、それでも敢えて彼等を評価してみると、両者とも、一方面の戦争を主将として統括し戦略戦術を駆使する類の人物ではなさそうに思えます。前者が主将の駒として働く下位部隊の優秀な指揮官、後者が主将の戦争遂行における軍略を支える軍政家といったところでしょうか?
となると、これらの人物の存在を考えても、まだ童貫が中国の宦官を代表する名将と言って良いのかも知れません。二方面の異民族征伐で大勝を収め国際的に名を轟かしたというのは、やはり大したものですし。
とりあえず、時代の違いを無視して、張承業の後方支援を受けつつ、老いる前の童貫が戦略・戦術の指導に当たり、その指揮下に張虫毛の率いる部隊が配置されるって態勢が採れれば、中国宦官史上最強の精鋭軍ができるに違いありません。これならナルセス相手にも見劣りしなさそうです。
参考資料
三田村泰助著『宦官 側近政治の構造』 中公新書
『南方熊楠コレクション第三巻 浄のセクソロジー』中沢新一編 河出文庫
宮崎市定著『水滸伝 虚構のなかの史実』 中公文庫
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『明史』(翻訳)の見所
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
宦官の話題が出てくる発表です
『明史』 袁崇煥伝(翻訳)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/my/ensukan.html
『明史』 孫承宗伝(付、孫鉁伝等)(翻訳)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/my/sonshoso.html
鄭和の西洋下り
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980612.html
明朝衰亡・上
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/000519.html
明朝衰亡・中
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/000707.html
はじめてのさんごくしin歴研
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/031219.html
by trushbasket
| 2008-01-09 20:11
| My(山田昌弘)








