2008年 01月 12日
神様に、ファインプレイを―神道における祭祀への一考察―
|
正月気分もひと段落したこの頃ですが、皆様初詣には行かれましたでしょうか。僕は忙しかったりで今までのところ残念ながら行けていません。という訳で、今回は日本の神様に関連した話をしようかと思います。
漫画「仮面のメイドガイ」については、以前にMy氏が「痛快メイド&乳漫画」(http://trushnote.exblog.jp/7232022/)で「乳がらみの騒動がひっきりなし」(http://trushnote.exblog.jp/7249841/)と紹介しています。漫画の詳細についてはそちらを見ていただくとして、この作品世界では、神様までがその手の煩悩だだ漏れな体たらくを見せているのだから何ともはや。
その問題の神様が祀られているのは、富士山麓は新緑に囲まれた秘境に存在する龍玉神社。何でも「主な効用は無病息災学業成就悪霊退散から商売繁盛ありとあらゆる大願成就」であり「かつてはローマ法王が祈願しに参拝したことすらあるとまで噂される霊験あらたかにも程がある曰く付きの神社」(共に「仮面のメイドガイ」3巻 P123)だそうで、実在するなら是非とも参拝したくなりますね。で、祈願の際に採用されているのが「神様を喜ばせた者に喜ばせた分だけ相応のご利益を与える当神社のファインプレイ制度」であり「何をもってファインとするかはプレイヤーの素質を見極め神様自らが決定」する(共に同P153)ものです。で、具体的にどのような事が行われているのか。例えば幼児体型の英国人少女に対しては白いスクール水着着用を要求。そして、美人メイドに対しては透け透けの下着を着用してメイド服を着るように求めています。何でも、「服の下にむりやりセクシーな下着をつけさせられてそれを意識しもじもじする様が実にファイン」(同P153)なんだとか。他にも祈願者が競合した際には、祈願者同士でテニス勝負をさせ勝った方の願いを聞くことにしたのはまあよいのですが、片方が明らかなルール違反をしても「面白かったからあり」(同P136)だったり美人メイドがミニスカートじゃないからといってペナルティとったり同じメイドが転倒してパンチラしたら特大ボーナスとかもう無茶苦茶。神様ともあろうものが、エロ方面で趣味に走って暴走しています。こんなのありなんでしょうか。
それを考える前に、実際の神道において神を祀る際の心がけとはどのようなものかを見てみましょう。ここで例によって本居宣長の文章にそれに相当する内容のものがあるので引用してみます。
つまりは、神を喜ばせ楽しませる事が古来よりの祭祀における慣例なわけですね。すると、具体的内容はともかく「ファインプレイ制度」自体はあながち間違いではないわけです。しかしながら、その祭祀は必ず成功するとは限らないようです。神が何を喜ぶかを知り正しく振舞わねばならないのです。神への扱いを誤ると、逆に恐ろしい災厄を招きよせる事にもなりかねません。そこで、それを避けて上手く神を祀るためには「神の要求によって定められ、長い間守られしきたってきた儀礼を、その通りに執行する」(「神道の逆襲」P106)事が必要とされています。それが「神をあるがままに受けいれる正直なありよう」(同P107)とみなされるのです。そういえば、前述の龍玉神社でも神を不快にさせると落雷にあったりしていますし、更には神の指示通りに儀礼を行わなかった時には災厄がおこりかかっています。後者について詳述すると、例の神が巨大な災いを防ぐための儀式に際してヒロインである巨乳女子高生・富士原なえかを指名し破邪の剣を乳の「谷間で『ふぎゅっ』と挟んで引き抜くべし」(「仮面のメイドガイ」5巻 P12)と定めたのですが、なえかは呆れ怒って手で剣を引き抜いてしまいます。それが神の怒りを招き富士山大噴火の危機に。神様までも巻き込んだ相変わらずの乳漫画っぷりはいっそ清々しいものがありますが、そういえば龍玉神社の祭神は大地の下の龍神という設定でした。十七世紀後半の仮名草紙「かなめいし」には「俗説に五帝竜王この世界をもち、竜王いかる時は大地ふるふ」とありますから一応理窟には合っているわけですね、少なくともこの一点では。…話が色々と逸れましたが、神を祀る際には神を楽しませ、しかも喜ばせ方を熟知した上で定められた通りに儀礼を行って災厄を避けねばならないわけです。でも、それはそうとしても「メイドガイ」龍玉神社のようにエロに突っ走った祭祀があってよいものなんでしょうか。という訳で次にはそれについて見ていきたいと思います。
紀州の八木山には昔、祭りの際にオコゼをちらりと山の神に見せる振りをして、氏子一同が大笑いするという風習があったそうです。何でも、オコゼという魚は男根を象徴しており、山の神が女神だと考えられている(かつて男性が妻を「山の神」と呼ぶのもそのためだとか)ためそのような儀式が生まれたそうです。更に、山中で物をなくした時には「男根を見せるから」と山の神に祈ると必ず見つかるという信仰が各地に存在するとか。他、漁民や狩猟民の間では初めて猟や漁に参加する男が山の神・海の神の前で男根を露呈する儀式も広く見られるそうです。…こうしてみると龍玉神社と良く似ていますね、男女の違いはありますが。これはどうしたことなのでしょうか。それへの手がかりになりそうなのが最後の儀式。露出した男根に細い縄を結わえて縄に鳥居をくぐらせるのが通例だそうで、これは明らかに性交を象徴していると考えて良いでしょう。すなわち神との通婚。要するに初めて狩猟・漁労を経験する若者が神と聖婚関係を結ぶことでその加護を得ることを祈るという意味があるのですな。してみると、神と結縁してその護りを求めることにこうした儀式は端を発している訳です。
さて、女性にも同様な神との聖婚儀礼はあるのでしょうか?男性とは異なり女性のそれは記録にはあまり残っていないようですが、後人により記録が憚られただけで存在したのではないかと考える向きが多いようです。例えば近代民俗学における大家・折口信夫は「古代生活に見えた恋愛」において「村々の女は、一度、正式に神の嫁になって来なければ、村人の妻にはなれない。一度、神の嫁―の巫女になって来なければならぬという信仰が根本にあるのです。」と述べています。してみると、古代においては祭祀において女性期を露出する儀礼もあったとでもいうのでしょうか。考えてみれば、「古事記」において天照大神が岩屋に隠れた際に天鈿女が乳房と女性器も露に踊って岩戸を開かせたとか、瓊瓊杵尊が高天原から地上に下る際に立ち塞がった猿田彦に対して天鈿女が女性器を露出して威嚇したとかいった話があり女性器には呪術的な意味合いがあると信じられていたようです。実際、沖縄の風俗に関して多大な成果を残した民俗学者・伊波普猷は天鈿女に思いをいたし、昔の八重山の風習に関して「女子に戦の魁をさせたのは当時南島全体の風習であったと思われる。これは猿田彦神が天八衝(あまのやちまた)に立塞って、天孫民族の前進を阻止した時、天鈿女が陰(ほと)を露わして、笑嘘(あざわら)いつつ向い立ったのと比較すると面白いのである。八重山の巫女等が陰を露わしていたことは判然しないが、彼女らは多分そういったような風をしていたであろう。」(「琉球古代の裸舞」)と類推しています。沖縄地方には他にも若い女性が女陰を露出し「下の口は鬼喰う口」といって人喰い鬼を退治したという伝承も残されていますから、その類推は恐らく正鵠を射ていると思われます。沖縄以外でも、畿内の寺社には女性の陰毛を宝物とする所もあるそうですし、平安期の絵巻では巫女がしばしば半裸で描かれていますから、そこから考えても女性に関しても性器には神聖な意味合いが見られていると言えます。してみると、確かに女性に関しても神に性器を露出して聖婚する風習が古代に存在しても不思議ではなさそうです。
…まあ、実を言えば道祖神(境界を守る神)がしばしば男性・女性の性器や性交をかたどっていることを考えれば性器の呪術的意味合いについては考えるまでもないんですがね。
これらから考えてみると、冒頭の龍玉神社におけるエロ好きな神の求める「ファインプレイ」もあながち神道祭祀のあり方から見て的外れと言うわけではないのかもしれません。専ら女性相手にエロい「ファインプレイ」を要求している事からこの神が男神であろうと想像されますが、恐らくは女性と神との聖婚儀礼が太古の龍玉神社にはあったのでしょう。そして霊験あらたかなだけあって、そうした習俗が(緩和されながらも)残存したと推測できなくもないような。「メイドガイ」は煩悩に正直なバカ漫画だというのに、いや、だからこそでしょうか、神道祭祀における真実の一側面を衝いていたのですね。という訳で、人の欲望・快楽を代償的に満たしてきた娯楽文化の奥深さをまたしても垣間見た気分になったところで今回は筆をおかせていただきます。
【参考文献】
呪術・占いのすべて 瓜生中・渋谷申博 日本文芸社
民俗学への招待 宮田登 ちくま新書
神道の逆襲 菅野覚明 講談社現代新書
本居宣長の思想と心理 松本滋著 東京大学出版会
本居宣長全集第十四巻 筑摩書房
日本神話の研究 松本信広 平凡社東洋文庫
性風俗の日本史 F・クラウス 風俗原典研究会・編訳 河出文庫
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
仮面のメイドガイ 赤衣丸歩郎 角川書店
関連記事(2009年5月17日新設)
「淫祀邪教」といわれたり「キモオタ」と呼ばれたり~日本人の「聖地巡礼」今昔~
「十七か、聞くだけで勃起するわい」―日本の性器信仰―
宗教的快感と性的快感
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「本居宣長」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529117/)
関連サイト:
「富士見書房 仮面のメイドガイ」
(http://www.fujimishobo.co.jp/sp/maidguy2/)
「MANGAOU CLUB」仮面のメイドガイ
(http://www.mangaoh.co.jp/topic/maid-guy.php)
「週刊マナー美人」(http://tamagoya.ne.jp/manner/index.htm)より
「神社参拝の作法」(http://tamagoya.ne.jp/manner/tips/k010.htm)
龍玉神社のような「ファインプレイ」を要求されることはありませんから御安心を。
「性神の館」(http://www.seishinnoyakata.co.jp/)
宇都宮市にある「性の」博物館公式サイトです。
「~ARAKAWA'S HOME PAGE~」(http://www.d4.dion.ne.jp/~arakawas/index.html)より
「性神の館(1)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny1.html)
「性神の館(2)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny2.html)
「性神の館(3)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny3.html)
「隔離病棟―特別教室B―」(http://kuds.at.infoseek.co.jp/index.html)より
「性神の館 レポ」(http://kuds.at.infoseek.co.jp/Other/seishin.html)
いずれも「性神の館」についてのレポートです。
リンクを変更(2010年12月8日)
漫画「仮面のメイドガイ」については、以前にMy氏が「痛快メイド&乳漫画」(http://trushnote.exblog.jp/7232022/)で「乳がらみの騒動がひっきりなし」(http://trushnote.exblog.jp/7249841/)と紹介しています。漫画の詳細についてはそちらを見ていただくとして、この作品世界では、神様までがその手の煩悩だだ漏れな体たらくを見せているのだから何ともはや。
その問題の神様が祀られているのは、富士山麓は新緑に囲まれた秘境に存在する龍玉神社。何でも「主な効用は無病息災学業成就悪霊退散から商売繁盛ありとあらゆる大願成就」であり「かつてはローマ法王が祈願しに参拝したことすらあるとまで噂される霊験あらたかにも程がある曰く付きの神社」(共に「仮面のメイドガイ」3巻 P123)だそうで、実在するなら是非とも参拝したくなりますね。で、祈願の際に採用されているのが「神様を喜ばせた者に喜ばせた分だけ相応のご利益を与える当神社のファインプレイ制度」であり「何をもってファインとするかはプレイヤーの素質を見極め神様自らが決定」する(共に同P153)ものです。で、具体的にどのような事が行われているのか。例えば幼児体型の英国人少女に対しては白いスクール水着着用を要求。そして、美人メイドに対しては透け透けの下着を着用してメイド服を着るように求めています。何でも、「服の下にむりやりセクシーな下着をつけさせられてそれを意識しもじもじする様が実にファイン」(同P153)なんだとか。他にも祈願者が競合した際には、祈願者同士でテニス勝負をさせ勝った方の願いを聞くことにしたのはまあよいのですが、片方が明らかなルール違反をしても「面白かったからあり」(同P136)だったり美人メイドがミニスカートじゃないからといってペナルティとったり同じメイドが転倒してパンチラしたら特大ボーナスとかもう無茶苦茶。神様ともあろうものが、エロ方面で趣味に走って暴走しています。こんなのありなんでしょうか。
それを考える前に、実際の神道において神を祀る際の心がけとはどのようなものかを見てみましょう。ここで例によって本居宣長の文章にそれに相当する内容のものがあるので引用してみます。
「されば祭るにも、そのこころばへ有リて、いかにも其神の歓喜び坐スべきわざをなも為べき、そはまず万ツを斎忌(いみ)清まはりて、穢悪あらせず、堪たる限り美好(うまき)物多(さは)に献(たてまつ)り、或は琴かき笛ふき歌舞ひなど、おもしろきわざをして祭る、これみな神代の例にして、古への道なり」(「直毘霊」)(「本居宣長の思想と心理」P60より、「本居宣長全集第十四巻」P132相当)
つまりは、神を喜ばせ楽しませる事が古来よりの祭祀における慣例なわけですね。すると、具体的内容はともかく「ファインプレイ制度」自体はあながち間違いではないわけです。しかしながら、その祭祀は必ず成功するとは限らないようです。神が何を喜ぶかを知り正しく振舞わねばならないのです。神への扱いを誤ると、逆に恐ろしい災厄を招きよせる事にもなりかねません。そこで、それを避けて上手く神を祀るためには「神の要求によって定められ、長い間守られしきたってきた儀礼を、その通りに執行する」(「神道の逆襲」P106)事が必要とされています。それが「神をあるがままに受けいれる正直なありよう」(同P107)とみなされるのです。そういえば、前述の龍玉神社でも神を不快にさせると落雷にあったりしていますし、更には神の指示通りに儀礼を行わなかった時には災厄がおこりかかっています。後者について詳述すると、例の神が巨大な災いを防ぐための儀式に際してヒロインである巨乳女子高生・富士原なえかを指名し破邪の剣を乳の「谷間で『ふぎゅっ』と挟んで引き抜くべし」(「仮面のメイドガイ」5巻 P12)と定めたのですが、なえかは呆れ怒って手で剣を引き抜いてしまいます。それが神の怒りを招き富士山大噴火の危機に。神様までも巻き込んだ相変わらずの乳漫画っぷりはいっそ清々しいものがありますが、そういえば龍玉神社の祭神は大地の下の龍神という設定でした。十七世紀後半の仮名草紙「かなめいし」には「俗説に五帝竜王この世界をもち、竜王いかる時は大地ふるふ」とありますから一応理窟には合っているわけですね、少なくともこの一点では。…話が色々と逸れましたが、神を祀る際には神を楽しませ、しかも喜ばせ方を熟知した上で定められた通りに儀礼を行って災厄を避けねばならないわけです。でも、それはそうとしても「メイドガイ」龍玉神社のようにエロに突っ走った祭祀があってよいものなんでしょうか。という訳で次にはそれについて見ていきたいと思います。
紀州の八木山には昔、祭りの際にオコゼをちらりと山の神に見せる振りをして、氏子一同が大笑いするという風習があったそうです。何でも、オコゼという魚は男根を象徴しており、山の神が女神だと考えられている(かつて男性が妻を「山の神」と呼ぶのもそのためだとか)ためそのような儀式が生まれたそうです。更に、山中で物をなくした時には「男根を見せるから」と山の神に祈ると必ず見つかるという信仰が各地に存在するとか。他、漁民や狩猟民の間では初めて猟や漁に参加する男が山の神・海の神の前で男根を露呈する儀式も広く見られるそうです。…こうしてみると龍玉神社と良く似ていますね、男女の違いはありますが。これはどうしたことなのでしょうか。それへの手がかりになりそうなのが最後の儀式。露出した男根に細い縄を結わえて縄に鳥居をくぐらせるのが通例だそうで、これは明らかに性交を象徴していると考えて良いでしょう。すなわち神との通婚。要するに初めて狩猟・漁労を経験する若者が神と聖婚関係を結ぶことでその加護を得ることを祈るという意味があるのですな。してみると、神と結縁してその護りを求めることにこうした儀式は端を発している訳です。
さて、女性にも同様な神との聖婚儀礼はあるのでしょうか?男性とは異なり女性のそれは記録にはあまり残っていないようですが、後人により記録が憚られただけで存在したのではないかと考える向きが多いようです。例えば近代民俗学における大家・折口信夫は「古代生活に見えた恋愛」において「村々の女は、一度、正式に神の嫁になって来なければ、村人の妻にはなれない。一度、神の嫁―の巫女になって来なければならぬという信仰が根本にあるのです。」と述べています。してみると、古代においては祭祀において女性期を露出する儀礼もあったとでもいうのでしょうか。考えてみれば、「古事記」において天照大神が岩屋に隠れた際に天鈿女が乳房と女性器も露に踊って岩戸を開かせたとか、瓊瓊杵尊が高天原から地上に下る際に立ち塞がった猿田彦に対して天鈿女が女性器を露出して威嚇したとかいった話があり女性器には呪術的な意味合いがあると信じられていたようです。実際、沖縄の風俗に関して多大な成果を残した民俗学者・伊波普猷は天鈿女に思いをいたし、昔の八重山の風習に関して「女子に戦の魁をさせたのは当時南島全体の風習であったと思われる。これは猿田彦神が天八衝(あまのやちまた)に立塞って、天孫民族の前進を阻止した時、天鈿女が陰(ほと)を露わして、笑嘘(あざわら)いつつ向い立ったのと比較すると面白いのである。八重山の巫女等が陰を露わしていたことは判然しないが、彼女らは多分そういったような風をしていたであろう。」(「琉球古代の裸舞」)と類推しています。沖縄地方には他にも若い女性が女陰を露出し「下の口は鬼喰う口」といって人喰い鬼を退治したという伝承も残されていますから、その類推は恐らく正鵠を射ていると思われます。沖縄以外でも、畿内の寺社には女性の陰毛を宝物とする所もあるそうですし、平安期の絵巻では巫女がしばしば半裸で描かれていますから、そこから考えても女性に関しても性器には神聖な意味合いが見られていると言えます。してみると、確かに女性に関しても神に性器を露出して聖婚する風習が古代に存在しても不思議ではなさそうです。
…まあ、実を言えば道祖神(境界を守る神)がしばしば男性・女性の性器や性交をかたどっていることを考えれば性器の呪術的意味合いについては考えるまでもないんですがね。
これらから考えてみると、冒頭の龍玉神社におけるエロ好きな神の求める「ファインプレイ」もあながち神道祭祀のあり方から見て的外れと言うわけではないのかもしれません。専ら女性相手にエロい「ファインプレイ」を要求している事からこの神が男神であろうと想像されますが、恐らくは女性と神との聖婚儀礼が太古の龍玉神社にはあったのでしょう。そして霊験あらたかなだけあって、そうした習俗が(緩和されながらも)残存したと推測できなくもないような。「メイドガイ」は煩悩に正直なバカ漫画だというのに、いや、だからこそでしょうか、神道祭祀における真実の一側面を衝いていたのですね。という訳で、人の欲望・快楽を代償的に満たしてきた娯楽文化の奥深さをまたしても垣間見た気分になったところで今回は筆をおかせていただきます。
【参考文献】
呪術・占いのすべて 瓜生中・渋谷申博 日本文芸社
民俗学への招待 宮田登 ちくま新書
神道の逆襲 菅野覚明 講談社現代新書
本居宣長の思想と心理 松本滋著 東京大学出版会
本居宣長全集第十四巻 筑摩書房
日本神話の研究 松本信広 平凡社東洋文庫
性風俗の日本史 F・クラウス 風俗原典研究会・編訳 河出文庫
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
仮面のメイドガイ 赤衣丸歩郎 角川書店
関連記事(2009年5月17日新設)
「淫祀邪教」といわれたり「キモオタ」と呼ばれたり~日本人の「聖地巡礼」今昔~
「十七か、聞くだけで勃起するわい」―日本の性器信仰―
宗教的快感と性的快感
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「本居宣長」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529117/)
関連サイト:
「富士見書房 仮面のメイドガイ」
(http://www.fujimishobo.co.jp/sp/maidguy2/)
「MANGAOU CLUB」仮面のメイドガイ
(http://www.mangaoh.co.jp/topic/maid-guy.php)
「週刊マナー美人」(http://tamagoya.ne.jp/manner/index.htm)より
「神社参拝の作法」(http://tamagoya.ne.jp/manner/tips/k010.htm)
龍玉神社のような「ファインプレイ」を要求されることはありませんから御安心を。
「性神の館」(http://www.seishinnoyakata.co.jp/)
宇都宮市にある「性の」博物館公式サイトです。
「~ARAKAWA'S HOME PAGE~」(http://www.d4.dion.ne.jp/~arakawas/index.html)より
「性神の館(1)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny1.html)
「性神の館(2)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny2.html)
「性神の館(3)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny3.html)
「隔離病棟―特別教室B―」(http://kuds.at.infoseek.co.jp/index.html)より
「性神の館 レポ」(http://kuds.at.infoseek.co.jp/Other/seishin.html)
いずれも「性神の館」についてのレポートです。
リンクを変更(2010年12月8日)
by trushbasket
| 2008-01-12 10:17
| NF








