2008年 03月 19日
もっともっとメイドさんとキルケゴール 続・偉大なるダメ人間シリーズその1
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下に掲載するのは『ダメ人間の世界史』『ダメ人間の日本史』(社会評論社)の元になった文章です、書籍化に際して大幅な加筆・修正がされており、書籍版とは多少内容が異なります。
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【以上(↑)、2010年12月05日加筆】
メイドを熱烈に愛した哲学者を紹介した本体サイトの発表、
偉大なるダメ人間その1 キルケゴール(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529065/
ですが、
このブログでも過去に「メイドキングダムを目指した哲学者キルケゴール」の題名で、そこへの誘導記事を書いています。
そんな発表が最近、なんだかわりかし好評を博しているっぽいのです。
で、そんなに好評なら、彼のメイド愛宣言の前後を占める、長すぎるから引用することなく切り捨てていた残りのメイドがらみの文章も、紹介しておく方が良いでしょう。
デンマークの首都コペンハーゲン近辺の遊楽地には、休みともなるとメイドさん達が集まってきて、たちまちそこは絶好のメイドさん視姦スポット。うまく行ったらそれ以上だって期待することもできる。となると、いくつもある遊楽地のどこを狩り場に選ぶかは、メイドオタクのセンスの見せ所というわけです。
そんなわけでキルケゴールは、ものの分かった通のメイド好きとして、コペンハーゲン郊外にある公園のフレーアリクスベルグ・ハーヴにやって来たのだ。
しかも今日は誰彼無くメイドさんをありったけ視姦することのみが彼の目的ではない。
何度も何度も登場場所の枢密顧問官邸を移動先に選択して、しっかり好感度を上げておいた、ちっこくプニプニの明るく可愛らしいメイドさん、マリーさんをここで彼は攻略してしまうつもりなのだ。
さて、延々続いたメイドさん視姦アンド攻略の情景、ここで公園に出てきて行動しているのは正確にはキルケゴールの創作した人物ヨハンネスなわけですが、これら文章が収められている『誘惑者の日記』は、キルケゴール自身の体験を元に作った物語ですから、ここで取り上げたメイドさんへの執心・付きまといもある程度は実体験に基づいていると考えることも不可能ではありません。あるいは著作はフィクションで自分の言葉でないとのキルケゴールの主張を受け入れて、多少なりと割引いたとしても、少なくとも彼の願望に基づいていると考えるべきでしょう。というわけで、上で行為者をヨハンネスではなくキルケゴールとしておいたことも、まあたいして問題無いはずです。
それにしても、肌の色つや質感、背丈に肉づき骨格服装を、直ちに見て取り評価する鍛え抜かれた眼力。勤め先ごとの特徴や友人恋人関係まで事前調査は怠りなし。
そうなるために、どれほどメイドさんをつけまわしたのか?
すなわち、どれほどの時間労力をストーキングに費やしたのか?
おそらくその量は想像を絶するでしょう。
その上、メイドは「淑女のような服装をしてはいけない」(同書 234頁)とか言ってたくせに、心にも無い言葉で貴婦人まがいの格好を誉めそやすせこさ。
さらには、結婚をちらつかせて関係を迫り、そのまま牧師の介在する正式な結婚は行わずうやむやにして逃げおおせようという、卑怯な意図さえもこの文章から読みとることができないでしょうか?
現実にキルケゴールがメイドさんの誘惑に取りかかって成功するようなことがあったのかどうかは分かりませんが、実施の有無と結末の如何に関わらず、こんなこと妄想してるこの男がろくでもないことだけは疑問の余地が全くありません。
メイドさんをストーカーしてペテンにかけて食ってポイしてしまおうなんて。
ホントキモい話ですね。
ちなみにキモいといえばキルケゴールは、19世紀の生存時に既にキモいやつ扱いでした。
ことの起こりは、1846年、キルケゴールの学生時代の友人が、彼に対して雑誌記事で悪意に満ちた人身攻撃をしたことでした。これに対しキルケゴールは反論文を書き、元友人が有名人のこきおろしに熱心な下品な風刺新聞「コルサール」と関係を持っていることに注目して、人身攻撃したいならさっさと「コルサール」で取り上げるよう挑発、元友人は下品な風刺新聞との関係が公然化して社会的に葬られてしまいます。このあと「コルサール」は、デンマーク文筆界で唯一媚びを売ってこないキルケゴールをむしろ尊敬して、和解を願って接近してきたのですが、キルケゴールはこれを黙殺、事態は一転、キルケゴールと「コルサール」の間で激しい争いがはじまります。
そして「コルサール」は大々的に卑劣な中傷を展開、キルケゴールのせむしややせこけた足、だぶだぶのズボンを嘲笑する漫画や罵倒記事によって彼のことを侮辱、結果、キルケゴールは社会的に孤立し物笑いの種となって、彼は街中のみならず教会や郊外に出かけた時さえも敵意と侮蔑の念を持った野次馬に取り囲まれ、世の母親達はだらしない服装の子供をキルケゴール呼ばわりして注意し、町の子供達まで散歩中のキルケゴールをつけまわして嘲り囃し立てるという有様となりました。
この一連の事件におけるキルケゴールの対応は、和解を黙殺した点はいささか大人げないにせよ、相手が卑劣な三流マスコミである以上、関係を拒んだことは、人間としてまた文士として誉められても良いものであり、決して社会の嘲りを受けるようなものではないのです。ところが、それにもかかわらず、姿勢や服装がだらしなく世間的に見てキモいせいで、彼はマスコミのみならず多くの一般大衆からも散々に嘲弄されることになったというわけです。
それにしても、メイドメイドと大騒ぎしたり、だらしなく世間的にキモいとされる身なりのせいで、悪いことして無い時でもマスコミにさらし者にされ不当な社会的攻撃・嘲弄の対象とされる。なんというかキルケゴールは、実存主義哲学の祖とかいうよりもまず、オタクの祖先として取り上げるべき存在ではないかと思います。
言うなれば19世紀のオタク縦。
まあ、キルケゴールが社会的に孤立した背景には、高みにある存在を失墜させて悦ぶ下品な大衆心理と、知識人たちの彼の才能に対する妬みがあるそうですから、ひょっとしたら、キモくなくても彼は社会的攻撃の対象にはなったのかも知れませんが、それでもキモくなければ、ここまで下品な攻撃や酷い扱いを受けることはおそらくなかったでしょう。
とりあえずキルケゴールは明らかにキモオタなダメ人間で、社会的にもそれ相応の迫害を受けた人物でした。彼がキモいせいで社会的な嫌悪蔑視を受けたのは、まあかなりの程度自業自得と言えるでしょう。
ただし、心密かに嫌悪蔑視する次元を超えて、公然と彼を人身攻撃した三流マスコミと一部の大衆は、超えてはならない一線を越えており、救いようもなく卑劣で下品な存在として永久に断罪され続けねばならないでしょう。
それにしてもマスゴミとボンクラどもが協演すると、いつの時代でも見苦しい狂宴が繰り広げられるのですねえ。
そういえば、メイドに関して一つ付け加えると、キルケゴールの父親はメイドをレイプして嫁にして(これがキルケゴールの母で、彼の父はこの女性を対等の存在とは扱うことは決してなかった)、その後ずっと罪の意識、天罰への恐怖の中で、陰鬱な人生を歩んでいます。
メイドの魔力に抗えず衝動を抑えかねてレイプする親父。メイド愛を世界に向けて獅子吼した息子。
この親にして、この子ありって感じですね。
ちなみにキルケゴールは1836年に娼家で童貞を捨てて、後悔に駆られて自殺を企て、以後、自分の落とし種がこの世のどこかで自分への怨みの中、暗い人生を歩んでいるのではないかという思いに、捕らわれることになりました。衝動を抑えるのが下手で事が済んでから後悔しまくる性格も、彼は父親から受け継いでいたようです。
参考資料
工藤綏夫著『人と思想19 キルケゴール』 清水書院
キルケゴール著『死に至る病 現代の批判』桝田啓三郎訳 中公クラシックス(年譜と柏原啓一「キルケゴールという出来事」が含まれている)
セーレン・キルケゴール著『誘惑者の日記』桝田啓三郎訳 ちくま学芸文庫
関連記事(2009年5月15日新設)
メイドキングダムを目指した哲学者 キルケゴール
萌える大英帝国 セーラー服&メイド服成立史
メイド哲学史断章その3 メイドと主人とラノベオタな俺のちょっと危険なアウフヘーベン
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
偉大なるダメ人間シリーズまとめ 輝け変態たち(同シリーズの各発表や関連記事へのリンクをまとめてあります)
http://trushnote.exblog.jp/8163046/
引きこもりニート列伝その10 マルクス
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet10.html
引きこもりニート列伝その25 キルケゴール
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet25.html
物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―(中国のキモオタの話)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kouroumu.html
(以下2010年6月26日加筆)
社会評論社『ダメ人間の世界史』でネットを飛び出しリアル世界に向けてキルケゴール・メイドオタ伝説拡散中。
(参照 「キルケゴール 史上最狂のメイドオタク。空前絶後のキモさで世間のみんなの笑いもの。」)
リンクを変更(2010年12月8日)
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【以上(↑)、2010年12月05日加筆】
メイドを熱烈に愛した哲学者を紹介した本体サイトの発表、
偉大なるダメ人間その1 キルケゴール(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529065/
ですが、
このブログでも過去に「メイドキングダムを目指した哲学者キルケゴール」の題名で、そこへの誘導記事を書いています。
そんな発表が最近、なんだかわりかし好評を博しているっぽいのです。
で、そんなに好評なら、彼のメイド愛宣言の前後を占める、長すぎるから引用することなく切り捨てていた残りのメイドがらみの文章も、紹介しておく方が良いでしょう。
デンマークの首都コペンハーゲン近辺の遊楽地には、休みともなるとメイドさん達が集まってきて、たちまちそこは絶好のメイドさん視姦スポット。うまく行ったらそれ以上だって期待することもできる。となると、いくつもある遊楽地のどこを狩り場に選ぶかは、メイドオタクのセンスの見せ所というわけです。
女中さんたちは、夏になると、デュアハーヴへ遊びに出かけるが、その楽しみ方は一般にくだらないものだ。彼女たちは年に一度きりしかそこへ遊びに出かけない、だから、堪能するまで楽しまないと気がすまないのだろう。そこで、彼女たちは帽子をかぶり、ショールをかけ、ありとあらゆるおめかしをして、かえってわれとわが身を醜くしてしまうのである。彼女らの浮かれ騒ぎは乱暴で、みぐるしく、みだらなのだ。これはたまったものでない、だからぼくはフレーアリクスベルグ・ハーヴのほうがすきなのだ。日曜日の午後になると、そこへ女中さんたちがでかけてゆく、ぼくも出かける。ここでは万事上品で、つつましく、女中さんたちの慰み方もおとなしくて品がいい。
(セーレン・キルケゴール著『誘惑者の日記』桝田啓三郎訳 ちくま学芸文庫 233頁)
そんなわけでキルケゴールは、ものの分かった通のメイド好きとして、コペンハーゲン郊外にある公園のフレーアリクスベルグ・ハーヴにやって来たのだ。
しかも今日は誰彼無くメイドさんをありったけ視姦することのみが彼の目的ではない。
何度も何度も登場場所の枢密顧問官邸を移動先に選択して、しっかり好感度を上げておいた、ちっこくプニプニの明るく可愛らしいメイドさん、マリーさんをここで彼は攻略してしまうつもりなのだ。
── ── ──まず最初に、百姓娘たちが、恋人たちと手に手をとってやってくる。また、娘ばかりが手をつないで先頭に立ち、そのあとに若者たちがつづいている別の一隊がやってくる。また、二人の娘と一人の若者とが組になってつづく別の一隊もやってくる。これらの部隊が枠をつくる、彼らは、園亭の前の大きな四角い広場にたちならぶ木々の下にずらりとならんで、たのしそうに、立ったり坐ったりしているのである。彼らは健康で、溌剌としている。ただ色の対照だけが、皮膚でも服装でも少し強すぎる。そこへつづいてユトランドとフュエンの娘たちがやってくる。背が高く、すらっとして、骨組みが少し頑丈にすぎる、服装も少しちぐはぐだ。これでは、委員会もさぞいそがしいことだろう。ボーンホルム師団の代表者たちも、そこここに見受けられる。彼女たちは、お料理はじょうずなのだが、台所でもフレーアリクスベルグでも、やすやすと近づける相手ではない。彼女らの態度は、横柄でぶっきらぼうなのだ。それだから、彼女らがここにきていることは、対照による効果をもたなくはない、彼女らがここにきていなければ、ぼくは物足りなく思うことだろうが、しかし、ぼくはめったに彼女らにかかわり合わない。──つづいて精鋭軍が、つまりニューボーザの娘たちが、やってくる。小柄で、肉づきがよくて、まるまるふとって、やわらかい肌をして、陽気で、快活で、おてんばで、おしゃべりで、ちょっとあだっぽいところがあって、なにより帽子をかぶらないのが特徴だ。服装は貴婦人のそれに近いといっていいほどだが、ただ二つだけ違った点が見られる、つまり、彼女らはショールをかけずに布片をつけ、帽子をかぶらずに、せいぜい小さくて軽快な頭巾をかぶっている。彼女らには、帽子なんかかぶらずにすむなら、それがいちばん好ましいわけなのだ。── ── ──おや、こんにちは、マリーさん。こんなところでお目にかかるなんて?ずいぶん、お久しぶりですね。やはりまだ、あの枢密顧問官の邸においでなのですか?──「さようでございます。」──きっと、気持ちよくお勤めがおできなんでしょうね?──「はい。」──しかし、あなたは、そうしてひとりきりでここへ出てこられたのですが、お連れはないのですか……誰か恋人でも?そのかた、きょうは、暇がなかったのでしょうか、それとも、見えるのを、待っていらっしゃるところなのですか──なに、お約束なさった方がいないんですって?そんなこと、ありっこないじゃありませんか──コペンハーゲンでいちばん美しい娘さんが、枢密顧問官のお邸でお勤めの娘さんが、すべての女中さんの華であり模範である娘さんが、それほど品よく……それほど豊かに着飾ることを心得た娘さんが、手にもっていらっしゃるきれいなハンカチったら、どうでしょう。極上質の白麻じゃありませんか……まあ、どうでしょう、縁には刺繍がしてあって、きっと十マルクもしたでしょうね……なかなか、貴婦人だってそれだけのものを持っている人はそんなにありませんよ……フランスの手袋……絹の日傘……こんな娘さんに婚約者がいないなんて……そんな馬鹿な話があるもんですか。確か、イェンスが、あなたのお気に入りじゃなかったかしら?よくご存じでしょう、イェンスを、そら、卸屋さんとこのイェンスを、ほら、あの三階にいたイェンスですよ……そら、図星でしょう……じゃ、あなたは婚約なさらなかったのですか、イェンスはなかなか立派な青年だったじゃありませんか、条件もよかったし。もしかしたら、卸屋さんのお世話で、そのうちに、巡査か消防夫かにはなったでしょうに。そうわるい相手じゃなかったでしょうにね……きっとあなたのほうに責任があるんですよ、あまりにつれなくなさったんでしょう……「いいえ、そうじゃありませんの!イェンスが前に一度、ある娘さんと婚約していたことがあって、その娘さんにちっとも親切にしてあげなかったってことが、わかってしまいましたの」──……なるほどね、あのイェンスがそんなひどいやつとは、わからんもんですね……そう、守衛どもがね……守衛どもったら、たのみにもなりゃしない……あなたのなさったことは、まったく正当ですよ。あなたみたいな娘さんが、手当たりしだいの男に身をまかせるなんてことは、ほんとにもったいない話です……きっといまにまた、もっといい相手ができますよ。請け合いますよ。── ── ──ユリアネ嬢はどうしていますか?もう長いこと、お目にかかりませんが。ねえ、マリーさん、きっと何かご存じでしょうね……自分で失恋したことがあれば、他人の身にも同情しないではいられませんものね……なんだって、こんなに人がいっぱいいるんだろう……ここでは、あなたとそんな話をすることもできやしない、誰かに聞かれやしないかと心配で……ねえ、ちょっと耳をかしてマリーさん……さあ、ここがいい、この木陰の道が。ここなら、木の枝が絡み合っていて、他人の目につかぬようにぼくたちを隠してくれます、ここなら、人の姿も見えないし、人の声も聞こえやしない、ただ音楽のひびきが静かにこだましてくるばかりです……ここでなら、ぼくの秘密をお話しすることができます……ほんとにね、イェンスがそんなひどい人間でなかったら、いまごろ、あなたはあの男と腕を組んでここへきて、あの楽しい音楽に耳をかたむけているんでしょうに、あなたご自身、もっともっと高い幸福をあじわっていることでしょうにね……どうしました、そんなにほろりとしてしまって──イェンスのことなんか、忘れておしまいなさい……それじゃぼくにあんまりな仕打ちじゃありませんか……ぼくは、あなたに会いたいばっかりに、ここまで出かけてきたのですよ……あなたの顔を見たいばっかりに、顧問官邸へ足繁く出入りしたのですよ。……あなたもお気づきのはずです……行けるときにはいつでも、ぼくは調理場の扉のところに行きましたよ……あなたはぼくのものになるんです。結婚公示をしてもらいましょうよ……あしたの晩、すべてを説明してあげましょう……裏階段をあがって、左側の扉のとこ、調理場の扉の向かい側ですね。……さようなら、マリーさん……誰にも気づかれてはいけませんよ、ここへ出かけてきて、ぼくに会ったことも、ぼくと話をしたことも、あなたはぼくの秘密を知っているんだからね。── ── ──実にかわいい娘だ。あの娘なら、なんとか話になるだろう。──ぼくは、ぼくがいったん彼女の寝室に足を踏み入れたからには、自分で結婚公示をやるんだ。ぼくはつねづね、あのすばらしいギリシアの自足という徳を育成するのに、そしてなにより、牧師なんかのお世話にならないように、つとめてきたのだ。
(同書 235~239頁)
さて、延々続いたメイドさん視姦アンド攻略の情景、ここで公園に出てきて行動しているのは正確にはキルケゴールの創作した人物ヨハンネスなわけですが、これら文章が収められている『誘惑者の日記』は、キルケゴール自身の体験を元に作った物語ですから、ここで取り上げたメイドさんへの執心・付きまといもある程度は実体験に基づいていると考えることも不可能ではありません。あるいは著作はフィクションで自分の言葉でないとのキルケゴールの主張を受け入れて、多少なりと割引いたとしても、少なくとも彼の願望に基づいていると考えるべきでしょう。というわけで、上で行為者をヨハンネスではなくキルケゴールとしておいたことも、まあたいして問題無いはずです。
それにしても、肌の色つや質感、背丈に肉づき骨格服装を、直ちに見て取り評価する鍛え抜かれた眼力。勤め先ごとの特徴や友人恋人関係まで事前調査は怠りなし。
そうなるために、どれほどメイドさんをつけまわしたのか?
すなわち、どれほどの時間労力をストーキングに費やしたのか?
おそらくその量は想像を絶するでしょう。
その上、メイドは「淑女のような服装をしてはいけない」(同書 234頁)とか言ってたくせに、心にも無い言葉で貴婦人まがいの格好を誉めそやすせこさ。
さらには、結婚をちらつかせて関係を迫り、そのまま牧師の介在する正式な結婚は行わずうやむやにして逃げおおせようという、卑怯な意図さえもこの文章から読みとることができないでしょうか?
現実にキルケゴールがメイドさんの誘惑に取りかかって成功するようなことがあったのかどうかは分かりませんが、実施の有無と結末の如何に関わらず、こんなこと妄想してるこの男がろくでもないことだけは疑問の余地が全くありません。
メイドさんをストーカーしてペテンにかけて食ってポイしてしまおうなんて。
ホントキモい話ですね。
ちなみにキモいといえばキルケゴールは、19世紀の生存時に既にキモいやつ扱いでした。
ことの起こりは、1846年、キルケゴールの学生時代の友人が、彼に対して雑誌記事で悪意に満ちた人身攻撃をしたことでした。これに対しキルケゴールは反論文を書き、元友人が有名人のこきおろしに熱心な下品な風刺新聞「コルサール」と関係を持っていることに注目して、人身攻撃したいならさっさと「コルサール」で取り上げるよう挑発、元友人は下品な風刺新聞との関係が公然化して社会的に葬られてしまいます。このあと「コルサール」は、デンマーク文筆界で唯一媚びを売ってこないキルケゴールをむしろ尊敬して、和解を願って接近してきたのですが、キルケゴールはこれを黙殺、事態は一転、キルケゴールと「コルサール」の間で激しい争いがはじまります。
そして「コルサール」は大々的に卑劣な中傷を展開、キルケゴールのせむしややせこけた足、だぶだぶのズボンを嘲笑する漫画や罵倒記事によって彼のことを侮辱、結果、キルケゴールは社会的に孤立し物笑いの種となって、彼は街中のみならず教会や郊外に出かけた時さえも敵意と侮蔑の念を持った野次馬に取り囲まれ、世の母親達はだらしない服装の子供をキルケゴール呼ばわりして注意し、町の子供達まで散歩中のキルケゴールをつけまわして嘲り囃し立てるという有様となりました。
この一連の事件におけるキルケゴールの対応は、和解を黙殺した点はいささか大人げないにせよ、相手が卑劣な三流マスコミである以上、関係を拒んだことは、人間としてまた文士として誉められても良いものであり、決して社会の嘲りを受けるようなものではないのです。ところが、それにもかかわらず、姿勢や服装がだらしなく世間的に見てキモいせいで、彼はマスコミのみならず多くの一般大衆からも散々に嘲弄されることになったというわけです。
それにしても、メイドメイドと大騒ぎしたり、だらしなく世間的にキモいとされる身なりのせいで、悪いことして無い時でもマスコミにさらし者にされ不当な社会的攻撃・嘲弄の対象とされる。なんというかキルケゴールは、実存主義哲学の祖とかいうよりもまず、オタクの祖先として取り上げるべき存在ではないかと思います。
言うなれば19世紀のオタク縦。
まあ、キルケゴールが社会的に孤立した背景には、高みにある存在を失墜させて悦ぶ下品な大衆心理と、知識人たちの彼の才能に対する妬みがあるそうですから、ひょっとしたら、キモくなくても彼は社会的攻撃の対象にはなったのかも知れませんが、それでもキモくなければ、ここまで下品な攻撃や酷い扱いを受けることはおそらくなかったでしょう。
とりあえずキルケゴールは明らかにキモオタなダメ人間で、社会的にもそれ相応の迫害を受けた人物でした。彼がキモいせいで社会的な嫌悪蔑視を受けたのは、まあかなりの程度自業自得と言えるでしょう。
ただし、心密かに嫌悪蔑視する次元を超えて、公然と彼を人身攻撃した三流マスコミと一部の大衆は、超えてはならない一線を越えており、救いようもなく卑劣で下品な存在として永久に断罪され続けねばならないでしょう。
それにしてもマスゴミとボンクラどもが協演すると、いつの時代でも見苦しい狂宴が繰り広げられるのですねえ。
そういえば、メイドに関して一つ付け加えると、キルケゴールの父親はメイドをレイプして嫁にして(これがキルケゴールの母で、彼の父はこの女性を対等の存在とは扱うことは決してなかった)、その後ずっと罪の意識、天罰への恐怖の中で、陰鬱な人生を歩んでいます。
メイドの魔力に抗えず衝動を抑えかねてレイプする親父。メイド愛を世界に向けて獅子吼した息子。
この親にして、この子ありって感じですね。
ちなみにキルケゴールは1836年に娼家で童貞を捨てて、後悔に駆られて自殺を企て、以後、自分の落とし種がこの世のどこかで自分への怨みの中、暗い人生を歩んでいるのではないかという思いに、捕らわれることになりました。衝動を抑えるのが下手で事が済んでから後悔しまくる性格も、彼は父親から受け継いでいたようです。
参考資料
工藤綏夫著『人と思想19 キルケゴール』 清水書院
キルケゴール著『死に至る病 現代の批判』桝田啓三郎訳 中公クラシックス(年譜と柏原啓一「キルケゴールという出来事」が含まれている)
セーレン・キルケゴール著『誘惑者の日記』桝田啓三郎訳 ちくま学芸文庫
関連記事(2009年5月15日新設)
メイドキングダムを目指した哲学者 キルケゴール
萌える大英帝国 セーラー服&メイド服成立史
メイド哲学史断章その3 メイドと主人とラノベオタな俺のちょっと危険なアウフヘーベン
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
偉大なるダメ人間シリーズまとめ 輝け変態たち(同シリーズの各発表や関連記事へのリンクをまとめてあります)
http://trushnote.exblog.jp/8163046/
引きこもりニート列伝その10 マルクス
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet10.html
引きこもりニート列伝その25 キルケゴール
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet25.html
物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―(中国のキモオタの話)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kouroumu.html
(以下2010年6月26日加筆)
社会評論社『ダメ人間の世界史』でネットを飛び出しリアル世界に向けてキルケゴール・メイドオタ伝説拡散中。
(参照 「キルケゴール 史上最狂のメイドオタク。空前絶後のキモさで世間のみんなの笑いもの。」)
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by trushbasket
| 2008-03-19 00:42
| My(山田昌弘)








