2008年 04月 30日
メイド哲学史断章その2 批判的メイド主従
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メイド哲学者をさらにもう一人紹介しましょう。
今回取り上げる哲学者はオーストリア生まれのユダヤ人哲学者ポパー(1902~1994)。
仮説に対して反証可能な学問だけが科学であり、科学は、仮説の提起とそれに対する反証による否定を繰り返し、試行錯誤することを通じて発展するという反証主義の思想を掲げ、その基本思想を元に歴史論・人間論まで射程に収める批判的合理主義の哲学を創り上げた人物です。独断を排して自由な反証・批判を許容し、論争・競争による試行錯誤をすることで知識の進歩が生じ、それによって人は一歩一歩真理に近づくことができるという彼の思想は、現代の知的世界に大きな影響を与えているそうです。
ところでこのポパーという人はかなり攻撃的な性格の人物で、その思想内容とは裏腹に独断的・支配的ですらあったと言われているのですが、この独断的な人物が頭の上がらない相手がいました。それはメリッタ・ミュー、最晩年のポパーの「家政婦兼助手」(ジョン・ホーガン『科学の終焉』徳間文庫 75頁)だった人物です。
ジャーナリストのホーガンはポパーが90歳の時に彼にインタビューして、その際の、ポパーの彼女に対する態度を記していますが、
ポパーもノリノリで余りに長く話し込んだ結果
とか、
話が調子づいて
とか、
ホーガンに資料を与えようとしたところ、手元に残っていたはずの最後の講義コピーをポパーはいつのまにやら人にあげてしまっており、そのことを彼女に咎められ、誰にあげたのか問答して、
といった具合。独断的支配的な性格で知られた人物の割に、メイドのきつい態度を前に、うなだれたり意気消沈して話を引っ込めたりおどおどしたりと、なかなか服従的な態度です。
独断を排することを唱えながら自らは独断的という矛盾に陥っていたポパーに対し、メイドさんの存在が批判・反証となることで、ポパーの存在は哲学的矛盾から救い出されたって言うこともできるんじゃないかと思います。
つまり、ポパーの人生はメイドさんの力で哲学的に貫徹されたと言えるわけですよ。
なかなか大したメイド哲学者です。
そういえばポパーは、自分の記憶に誤りがないならショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』が最初に読んだ哲学書だと言っていますが、この本はショーペンハウアーがメイドとお付き合いしながら練り上げた作品です。ひょっとしたら、メイド哲学者の魂は、時空を越えて惹き合うものなのかもしれませんね。
なお、ホーガンの見た姿だけを紹介すると、ポパーがメイドさんの尻に敷かれたへっぽこ老人に見えかねないので、もう少しポパーとメリッタの関係について触れておくと、
とのことです。
ポパーは、若い頃は、戦争やらインフレやらで苦労し、また長らく異常な仕事中毒であったのですが、最晩年になってメイドさんパワーでそれまでの人生で見落としてきた楽しみを取り戻し、充実したお爺ちゃんライフを送れたってわけです。
で、これらの記述を合わせてポパーとメリッタ・ミューの関係をまとめると、彼女は、締めるべき所は締めて仕事を補助する一方、時には巧くおだてて悩みを払い、充実した休日をお膳立てし、公私両面に渡って巧みに最晩年のポパーを支えてくれたということです。
ところで、ポパーをメイド哲学者扱いした今回の件については、1990年代なんて時代が時代ですし、ミセスだったりして萌え系のキャラ設定からは外れている気もしますから、「ありゃメイドさん違う、家政婦さんだ!」「メイドさんと家政婦の間にはな、越えられない壁が……ロマンってもんがあるんだよっ!!」(向坂雄二 『ToHeart2』Leafより)とか批判・反証を受ける可能性もあるわけですが、批判・反証は進歩と真理への道ですから、新時代の一段進歩したメイド哲学を切り拓くため、あえてポパーをメイド哲学者に分類しておくことも良いのではないかと思います。
参考資料
川村仁也著『人と思想85 ポパー』 清水書院
ジョン・ホーガン著『科学の終焉』筒井康隆監修 竹内薫訳 徳間文庫
長尾龍一/河上倫逸編『開かれた社会の哲学 カール・ポパーと現代』 未來社
デヴィッド・エドモンズ/ジョン・エーディナウ著『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎』二木麻里訳 筑摩書房
『スーパー・ニッポニカ Professional for Windows Ver.1.0』 小学館
『ToHeart2 XRATED』 Leaf
過去記事&発表 特集・メイド哲学者
偉大なるダメ人間シリーズ番外その2 等身大幼女フィギュアを抱えて動き回る変態武闘派哲学者?(デカルト)
http://trushnote.exblog.jp/7499094/
メイド哲学史断章 ~メイドの奉仕を力に変えて 世界の真理に奉仕する それがこの俺 哲学者~(前半がショーペンハウアー)
http://trushnote.exblog.jp/8429498/
メイドキングダムを目指した哲学者 キルケゴール
http://trushnote.exblog.jp/7232022/
<本体発表> 偉大なるダメ人間その1 キルケゴール(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529065/
もっともっとメイドさんとキルケゴール 続・偉大なるダメ人間シリーズその1
http://trushnote.exblog.jp/8194144/
<本体発表> 引きこもりニート列伝その10 マルクス
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet10.html
アーレント(前掲のメイド哲学史断章の後半)
http://trushnote.exblog.jp/8429498/
リンクを変更(2010年12月8日)
今回取り上げる哲学者はオーストリア生まれのユダヤ人哲学者ポパー(1902~1994)。
仮説に対して反証可能な学問だけが科学であり、科学は、仮説の提起とそれに対する反証による否定を繰り返し、試行錯誤することを通じて発展するという反証主義の思想を掲げ、その基本思想を元に歴史論・人間論まで射程に収める批判的合理主義の哲学を創り上げた人物です。独断を排して自由な反証・批判を許容し、論争・競争による試行錯誤をすることで知識の進歩が生じ、それによって人は一歩一歩真理に近づくことができるという彼の思想は、現代の知的世界に大きな影響を与えているそうです。
ところでこのポパーという人はかなり攻撃的な性格の人物で、その思想内容とは裏腹に独断的・支配的ですらあったと言われているのですが、この独断的な人物が頭の上がらない相手がいました。それはメリッタ・ミュー、最晩年のポパーの「家政婦兼助手」(ジョン・ホーガン『科学の終焉』徳間文庫 75頁)だった人物です。
ジャーナリストのホーガンはポパーが90歳の時に彼にインタビューして、その際の、ポパーの彼女に対する態度を記していますが、
ポパーもノリノリで余りに長く話し込んだ結果
彼女が少し詰問口調で尋ねた。あと、どのくらい続けるおつもりですか?わたくしタクシーをお呼びしたほうがよろしいんじゃありません?ポパーを見やると、悪戯っ子のようなにやにや笑いがこぼれたが、うなだれていくようにも見えた。
(同書 84頁)
とか、
話が調子づいて
ポパーは満足げにミセス・ミュウのほうをちらりと見た。ミセス・ミュウの顔が恐怖で凍り付いたように見えた。急にポパーの微笑みが消え、「それは書かんほうがいいだろう」と僕のほうへ向き直りながら言った。
(同書 84~85頁)
とか、
ホーガンに資料を与えようとしたところ、手元に残っていたはずの最後の講義コピーをポパーはいつのまにやら人にあげてしまっており、そのことを彼女に咎められ、誰にあげたのか問答して、
「最後のコピーは、君の目の前でやったじゃないか」と彼は言い張った。
「違うと思いますけど」と彼女は言い返した。「いったい誰に?」
「思い出せんが。」彼はおどおどしてぼやいた。
(同書 86頁)
といった具合。独断的支配的な性格で知られた人物の割に、メイドのきつい態度を前に、うなだれたり意気消沈して話を引っ込めたりおどおどしたりと、なかなか服従的な態度です。
独断を排することを唱えながら自らは独断的という矛盾に陥っていたポパーに対し、メイドさんの存在が批判・反証となることで、ポパーの存在は哲学的矛盾から救い出されたって言うこともできるんじゃないかと思います。
つまり、ポパーの人生はメイドさんの力で哲学的に貫徹されたと言えるわけですよ。
なかなか大したメイド哲学者です。
そういえばポパーは、自分の記憶に誤りがないならショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』が最初に読んだ哲学書だと言っていますが、この本はショーペンハウアーがメイドとお付き合いしながら練り上げた作品です。ひょっとしたら、メイド哲学者の魂は、時空を越えて惹き合うものなのかもしれませんね。
なお、ホーガンの見た姿だけを紹介すると、ポパーがメイドさんの尻に敷かれたへっぽこ老人に見えかねないので、もう少しポパーとメリッタの関係について触れておくと、
バイエルン地方出身のアシスタント、メリッタ・ミューはポパーと気が合い、たがいに努力しつつ、新しい「家族」のような雰囲気を築いたのだった。ミューがほめたおかげで、ポパーはついに自分の容姿の悩みもわすれることができた。休日には、ポパーは実の祖父のようにあつかわれ、ミューとその夫レイモンド、二人の息子とともにすごしながら、ウィンナー・シュニッツェルを食べ、ピスタチオのアイスクリームをなめ、戦争とインフレでうばわれた子ども時代をとりもどすのだった。
(デヴィッド・エドモンズ/ジョン・エーディナウ『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎』筑摩書房 242頁)
とのことです。
ポパーは、若い頃は、戦争やらインフレやらで苦労し、また長らく異常な仕事中毒であったのですが、最晩年になってメイドさんパワーでそれまでの人生で見落としてきた楽しみを取り戻し、充実したお爺ちゃんライフを送れたってわけです。
で、これらの記述を合わせてポパーとメリッタ・ミューの関係をまとめると、彼女は、締めるべき所は締めて仕事を補助する一方、時には巧くおだてて悩みを払い、充実した休日をお膳立てし、公私両面に渡って巧みに最晩年のポパーを支えてくれたということです。
ところで、ポパーをメイド哲学者扱いした今回の件については、1990年代なんて時代が時代ですし、ミセスだったりして萌え系のキャラ設定からは外れている気もしますから、「ありゃメイドさん違う、家政婦さんだ!」「メイドさんと家政婦の間にはな、越えられない壁が……ロマンってもんがあるんだよっ!!」(向坂雄二 『ToHeart2』Leafより)とか批判・反証を受ける可能性もあるわけですが、批判・反証は進歩と真理への道ですから、新時代の一段進歩したメイド哲学を切り拓くため、あえてポパーをメイド哲学者に分類しておくことも良いのではないかと思います。
参考資料
川村仁也著『人と思想85 ポパー』 清水書院
ジョン・ホーガン著『科学の終焉』筒井康隆監修 竹内薫訳 徳間文庫
長尾龍一/河上倫逸編『開かれた社会の哲学 カール・ポパーと現代』 未來社
デヴィッド・エドモンズ/ジョン・エーディナウ著『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎』二木麻里訳 筑摩書房
『スーパー・ニッポニカ Professional for Windows Ver.1.0』 小学館
『ToHeart2 XRATED』 Leaf
過去記事&発表 特集・メイド哲学者
偉大なるダメ人間シリーズ番外その2 等身大幼女フィギュアを抱えて動き回る変態武闘派哲学者?(デカルト)
http://trushnote.exblog.jp/7499094/
メイド哲学史断章 ~メイドの奉仕を力に変えて 世界の真理に奉仕する それがこの俺 哲学者~(前半がショーペンハウアー)
http://trushnote.exblog.jp/8429498/
メイドキングダムを目指した哲学者 キルケゴール
http://trushnote.exblog.jp/7232022/
<本体発表> 偉大なるダメ人間その1 キルケゴール(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529065/
もっともっとメイドさんとキルケゴール 続・偉大なるダメ人間シリーズその1
http://trushnote.exblog.jp/8194144/
<本体発表> 引きこもりニート列伝その10 マルクス
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet10.html
アーレント(前掲のメイド哲学史断章の後半)
http://trushnote.exblog.jp/8429498/
リンクを変更(2010年12月8日)
by trushbasket
| 2008-04-30 22:13
| My(山田昌弘)








