2008年 05月 03日
同姓不婚について考える―大陸と日本―
|
儒教文化圏には、「同姓不婚」と呼ばれる重要な原則がありました。近親婚を避けるためでしょうが、同じ姓を持つ男女は婚姻してはならないとするもので、儒教の生まれた中国は勿論のこと朝鮮半島でも適用されていた制度です。この制度は独立回復後の韓国でも強い影響力を持っていたようで、同姓でも本籍地が違う場合は結婚できるそうですがそれでも社会的には相当な勇気が必要だったそうです。日本も大陸から古来より儒教を始めとする多くの文化を受容しており中国文明圏の一環と考えられていますが、今回はこの「同姓不婚」という視点から日本と大陸の事情について見ていきたいと思います。
「同姓不婚」は上述したように同姓で同本(本籍地が同じ一族)の男女間での婚姻を禁じています。ただし、異姓なら婚姻はよしとしており、単純に近親婚そのものを禁じたものともいえないようです。というのは、中国における最大の恋愛小説といえば「紅楼夢」ですが、その物語におけるメインヒロインとサブメインヒロインの二人とも主人公とは一族として共に育ってきたいとこ同士なのです。つまり主人公・賈宝玉との間で友人以上恋人未満の間柄であったメインヒロイン林黛玉が父方の従妹で、最終的に結婚する事になるサブヒロイン薛宝釵は母方の従姉という設定です。要するに親戚同士だろうが姓さえ違っていれば問題ないということが分りますね。近親婚に関する建前と本音のずれが存在するということになります。もっとも逆に言えば、こうした物語でも同姓婚は避けているわけでありやはり根強いタブーであった事が察せられます。ただし、明末においては婚姻制度外の性風俗が相当に開放的で、近親相姦を扱った小説もあるらしいので即断するのは危険でしょうけど。
もっとも、中国でも最初から同姓不婚が厳格だったわけではないようです。どこの社会でも太古の狩猟時代においては母系社会であり祭礼での集団性行為が一般的だったとされていますが、中国も例外ではありませんでした。ただし、農耕が発達し安定した食糧生産に男性の力が求められるようになると父系社会へと転換していきます。現在でも少数民族では母系社会の残滓が見られますが、中国の大部分では早くから文明が発達した関係もあり父系社会が早期から定着したといえるようです。
さて中国でも神話レベルでは兄妹婚もまま見られ、湖南地方の神話では大洪水の後に生き残った兄妹(東山老人・南山小妹と称される)が夫婦となり、子を産んで再び人類を増やしたというものがあります。またより広く知られた神話では、伏羲・女媧が蛇身人頭の神々であり兄妹でありながら夫婦でもあったと言われています。婚姻の制度がある程度固められたのが周代であり統一古代帝国である秦・漢の時代には近親婚などを禁じる法が見られるようですから、その前後で「同姓不婚」を含む父系社会における婚姻の慣習が定着したものでしょう。春秋期には斉の襄公が同母妹と通じていたという話もあるようですが、これは不徳な行為として当時から非難され国が混乱する一因にまでなっていますから寧ろ既にそうした行為がタブーであった事を示すものだといえます。ただ、民間ではある程度後の時代まで集団婚時代の習慣が残存していたようですが。そして南宋以降、特に明清には一般に婚姻に関する慣習が厳格だったようですから厳密な「同姓不婚」の適応もこの時期から浸透していったと思われます。
次に、日本の事例を見ていくことにしましょう。まず神話ですが、アマテラスとスサノオが姉弟婚をした疑惑をかけられているのはまあおくとしても、スサノオの子孫である大国主命が根の国(来世)でスサノオの娘であるスセリヒメと結婚しています。神話において近親婚への忌避感がないのは日本も例に漏れないようです。
そして、歴史時代。まずは大和政権を見てみましょう。聖徳太子前後の大王家は純血性を保持するためなのか、兄妹(姉弟)を始めとする一族内部での婚姻が多く見られました。敏達天皇・推古天皇夫婦や聖徳太子の両親は共に兄妹(姉弟)でしたし、天武天皇の皇后だった持統天皇は天智天皇の娘すなわち天武の姪にあたります。この時期には既に儒教は日本に入っていたはずですが、「同姓不婚」も何もあったもんじゃありません。
さて、この頃の日本の婚姻は何でもありだったように見えますが、同母兄妹(姉弟)の婚姻はタブーであった事は以前に述べたとおり(http://trushnote.exblog.jp/7429860、http://trushnote.exblog.jp/7330644)です。
時代が下って平安期になると、流石に兄妹(姉弟)同士の婚姻は余り見られなくなります。儒教に精通していたはずの小野篁が妹に恋歌を贈ったりしているようですから皆無ではないのかもしれませんが。とはいえ、貴族社会では藤原氏内部や皇族同士での婚姻は相変わらず存在したようです。史実ではありませんが「源氏物語」を例にして考えると、桐壺帝と藤壺中宮(「先帝の子」という設定)とは共に皇室ですから「同姓」に相当します(厳密には「姓」がないわけですが)し、頭の中将(左大臣の子、光源氏のライバル)とその正妻(右大臣の娘)は藤原氏同士。やっぱり「同姓不婚」の原則は成り立っていないようですね。
鎌倉末期や南北朝の朝廷では、かなり男女関係が乱脈になっていました。例えば以前の記事でも挙げましたが、後深草院は腹違いの姉妹に手を出したりしていますし、後醍醐天皇も亀山院皇女つまり叔母に子を産ませたりしています。「同姓不婚」がどうとかそういうレベルではないですね、もはや。
徳川期は日本史において最も儒教が真面目に取り扱われ民間にも影響を与えた時代ですが、それでも同姓の一族同士の婚姻は見られました。例えば、「忠臣蔵」で有名な浅野長矩の正室瑤泉院は備後国三次領主の浅野家から嫁いでいます。長矩は素行に問題を抱える一方でしばしば儒学の講義に通うなど割合に好学な大名であったようですが、そうした彼が同姓一族内部の婚姻をしていたのは考えれば皮肉な話です。皇室の婚姻も相変わらず皇族内部で行なわれたりしており、幕末に第十四代将軍徳川家茂に嫁いだ和宮は元来有栖川宮熾仁親王と婚約していた人物だった事は御存知の方も多いでしょう。
近現代においても元首相である佐藤栄作が同姓の従姉妹と結婚していると言う例がありますし、娯楽作品から一つ例を挙げると恋愛ゲーム「痕」において主人公とヒロイン四姉妹は同じ「柏木」姓の従兄妹同士だったりするようです。
また、近代までは日本と別の国家を形成していた琉球についても見てみましょう。首里における氏族・毛氏の記録からは、毛氏一族内部、それも同姓同父系統間で通婚をする例が数多く見られたそうです。一方で同じ琉球の毛氏でも、久米村の毛氏は中国の風俗に従い「同姓不婚」を守っていたようです。琉球においても、儒教を採用しているものの「同姓不婚」については浸透していたとはいえない状況だったと言えます。
以上より、琉球を含む日本においては大陸と異なり「同姓不婚」の習慣は全歴史を通じて存在しなかったと言ってよいでしょう。というより、少なくとも前近代においては近親婚への制約が大甘です。まあ、「同姓不婚」について儒教経典で明示している部分は記憶にありませんので(僕が見落としているだけかもしれませんが)、この習慣がなかったからと言って非儒教的と結論付ける事は出来ないと思います。ただ、これ一点を取って考えても日本は朝鮮半島と異なり「真面目に『中国』をやっていない」とは言っても良いのではないでしょうか。婚姻と言うのは社会を形成する上で基本的な制度の一つですから、これにおいて大きな違いがあるというのは無視できない文化的異質性がある事を示唆していると思います。まあ、古代において王家などで純血性を守るため近親婚が多いのは日本に限った話ではないようですが、かなり後の時代まで我が国ではその例があるようです。
他にも、中世である王朝時代まで通い婚制度であるなど母系社会の伝統が後の時代まで根強く残った事も異質性としては見逃せないでしょう。平安末期・鎌倉初期の例を挙げると、源義経が頼朝と対立して京から逃れる際、異父弟である藤原長成が大物浦まで付き従ったそうです。また、曾我兄弟が仇討ちについて京在住の異父兄(曾我一族ではない)に相談したという話もあります。加えて、熊野別当家が母系で継承されていたとも言われています。この頃には少なくとも法的に父系社会が原則になっていたはずなのですが、それでも慣習として母方の血をより重んじる傾向があったわけですね。古代において異母兄妹の婚姻なら良いというのもその繋がりなんでしょう。そういえば、秀吉が最も信頼した弟である秀長も異父弟でしたね。同姓不婚の原則が根付かなかったのもそこに理由があるんでしょうかね。
日本を中国とは別の文明圏とする意見も時に見かけますが、こうした点から考えると、その意見も別に「日本は昔から中国に負けず独自で優秀な文明だった」とかいうのでないにしても「真面目に『中国』をやっていない」つまり「中国文明圏と言ってしまうには異質性が多い」という意味において一定の妥当性を持つのではないかと思われます。
【参考文献】
儒教とは何か 加地伸行 中公新書
新比較婚姻法Ⅰ 宮崎孝次郎 勁草書房
改正韓国親族相続法 権逸・権藤世寧著 弘文堂
週刊朝日百科 世界の文学108 紅楼夢・金瓶梅・儒林外史・聊斎志異… 朝日新聞社
酒池肉林 井波律子 講談社現代新書
中国性愛文化 劉達臨著 鈴木博訳 青土社
近世中国の性愛 呉存存 鈴木博訳 青土社
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
日本の歴史2古代国家の成立 直木孝次郎 中公文庫
本居宣長全集第十四巻 筑摩書房
日本古典文学大系14-18源氏物語 岩波書店
死の日本文学史 村松剛 中公文庫
帝王後醍醐 村松剛 中公文庫
「忠臣蔵」の謎学 中島康夫監修 青年出版社
図説忠臣蔵 西山松之助監修 河出書房新社
殿様の通信簿 磯田道史 朝日新聞社
日本の歴史19開国と攘夷 小西四郎 中公文庫
佐藤栄作 衛藤瀋吉 時事通信社
美少女ゲームマニアックス1~3 キルタイムコミュニケーション
中原と周辺 末成道男編 風響社
性と日本人 樋口清之 講談社文庫
南方熊楠コレクションⅡ南方民俗学 南方熊楠 河出文庫
南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー 南方熊楠 河出文庫
熊野詣 五来重 講談社学術文庫
豊臣秀長(上)(下) 堺屋太一 PHP文庫
関連記事(2009年5月14日新設)
「同姓不婚について考える―大陸と日本―」訂正と補足
平安前期シスコン伝記 小野篁、妹を愛す -『篁物語』 ~いもうと~
偉大なるダメ人間シリーズ番外その3 シスコン大帝
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「中国民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020607.html)
「本居宣長」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「源氏物語を読む」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980515.html)
「後醍醐天皇」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kouroumu.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529117/)
関連サイト:
「紅楼夢小辞典」(http://pingshan.parfait.ne.jp/honglou.html)
「源氏物語」(http://www.genjimonogatari.net/#)
源氏物語についての解説ページです。
「赤穂事件」(http://www5c.biglobe.ne.jp/~ya-abc/ako_top.htm)
「幕末のプリンセス皇女和宮」
(http://page.freett.com/sister_k/love-kazunomiya.htm)
「系図で見る近現代」(http://episode.kingendaikeizu.net/index.htm)より
「安倍晋三家系図」(http://episode.kingendaikeizu.net/7.htm)
佐藤栄作も含みます。
<追伸(08/9/28)>この記事に関する訂正というか補足記事をこちらに。
リンクを変更(2010年12月8日)
「同姓不婚」は上述したように同姓で同本(本籍地が同じ一族)の男女間での婚姻を禁じています。ただし、異姓なら婚姻はよしとしており、単純に近親婚そのものを禁じたものともいえないようです。というのは、中国における最大の恋愛小説といえば「紅楼夢」ですが、その物語におけるメインヒロインとサブメインヒロインの二人とも主人公とは一族として共に育ってきたいとこ同士なのです。つまり主人公・賈宝玉との間で友人以上恋人未満の間柄であったメインヒロイン林黛玉が父方の従妹で、最終的に結婚する事になるサブヒロイン薛宝釵は母方の従姉という設定です。要するに親戚同士だろうが姓さえ違っていれば問題ないということが分りますね。近親婚に関する建前と本音のずれが存在するということになります。もっとも逆に言えば、こうした物語でも同姓婚は避けているわけでありやはり根強いタブーであった事が察せられます。ただし、明末においては婚姻制度外の性風俗が相当に開放的で、近親相姦を扱った小説もあるらしいので即断するのは危険でしょうけど。
もっとも、中国でも最初から同姓不婚が厳格だったわけではないようです。どこの社会でも太古の狩猟時代においては母系社会であり祭礼での集団性行為が一般的だったとされていますが、中国も例外ではありませんでした。ただし、農耕が発達し安定した食糧生産に男性の力が求められるようになると父系社会へと転換していきます。現在でも少数民族では母系社会の残滓が見られますが、中国の大部分では早くから文明が発達した関係もあり父系社会が早期から定着したといえるようです。
さて中国でも神話レベルでは兄妹婚もまま見られ、湖南地方の神話では大洪水の後に生き残った兄妹(東山老人・南山小妹と称される)が夫婦となり、子を産んで再び人類を増やしたというものがあります。またより広く知られた神話では、伏羲・女媧が蛇身人頭の神々であり兄妹でありながら夫婦でもあったと言われています。婚姻の制度がある程度固められたのが周代であり統一古代帝国である秦・漢の時代には近親婚などを禁じる法が見られるようですから、その前後で「同姓不婚」を含む父系社会における婚姻の慣習が定着したものでしょう。春秋期には斉の襄公が同母妹と通じていたという話もあるようですが、これは不徳な行為として当時から非難され国が混乱する一因にまでなっていますから寧ろ既にそうした行為がタブーであった事を示すものだといえます。ただ、民間ではある程度後の時代まで集団婚時代の習慣が残存していたようですが。そして南宋以降、特に明清には一般に婚姻に関する慣習が厳格だったようですから厳密な「同姓不婚」の適応もこの時期から浸透していったと思われます。
次に、日本の事例を見ていくことにしましょう。まず神話ですが、アマテラスとスサノオが姉弟婚をした疑惑をかけられているのはまあおくとしても、スサノオの子孫である大国主命が根の国(来世)でスサノオの娘であるスセリヒメと結婚しています。神話において近親婚への忌避感がないのは日本も例に漏れないようです。
そして、歴史時代。まずは大和政権を見てみましょう。聖徳太子前後の大王家は純血性を保持するためなのか、兄妹(姉弟)を始めとする一族内部での婚姻が多く見られました。敏達天皇・推古天皇夫婦や聖徳太子の両親は共に兄妹(姉弟)でしたし、天武天皇の皇后だった持統天皇は天智天皇の娘すなわち天武の姪にあたります。この時期には既に儒教は日本に入っていたはずですが、「同姓不婚」も何もあったもんじゃありません。
さて、この頃の日本の婚姻は何でもありだったように見えますが、同母兄妹(姉弟)の婚姻はタブーであった事は以前に述べたとおり(http://trushnote.exblog.jp/7429860、http://trushnote.exblog.jp/7330644)です。
時代が下って平安期になると、流石に兄妹(姉弟)同士の婚姻は余り見られなくなります。儒教に精通していたはずの小野篁が妹に恋歌を贈ったりしているようですから皆無ではないのかもしれませんが。とはいえ、貴族社会では藤原氏内部や皇族同士での婚姻は相変わらず存在したようです。史実ではありませんが「源氏物語」を例にして考えると、桐壺帝と藤壺中宮(「先帝の子」という設定)とは共に皇室ですから「同姓」に相当します(厳密には「姓」がないわけですが)し、頭の中将(左大臣の子、光源氏のライバル)とその正妻(右大臣の娘)は藤原氏同士。やっぱり「同姓不婚」の原則は成り立っていないようですね。
鎌倉末期や南北朝の朝廷では、かなり男女関係が乱脈になっていました。例えば以前の記事でも挙げましたが、後深草院は腹違いの姉妹に手を出したりしていますし、後醍醐天皇も亀山院皇女つまり叔母に子を産ませたりしています。「同姓不婚」がどうとかそういうレベルではないですね、もはや。
徳川期は日本史において最も儒教が真面目に取り扱われ民間にも影響を与えた時代ですが、それでも同姓の一族同士の婚姻は見られました。例えば、「忠臣蔵」で有名な浅野長矩の正室瑤泉院は備後国三次領主の浅野家から嫁いでいます。長矩は素行に問題を抱える一方でしばしば儒学の講義に通うなど割合に好学な大名であったようですが、そうした彼が同姓一族内部の婚姻をしていたのは考えれば皮肉な話です。皇室の婚姻も相変わらず皇族内部で行なわれたりしており、幕末に第十四代将軍徳川家茂に嫁いだ和宮は元来有栖川宮熾仁親王と婚約していた人物だった事は御存知の方も多いでしょう。
近現代においても元首相である佐藤栄作が同姓の従姉妹と結婚していると言う例がありますし、娯楽作品から一つ例を挙げると恋愛ゲーム「痕」において主人公とヒロイン四姉妹は同じ「柏木」姓の従兄妹同士だったりするようです。
また、近代までは日本と別の国家を形成していた琉球についても見てみましょう。首里における氏族・毛氏の記録からは、毛氏一族内部、それも同姓同父系統間で通婚をする例が数多く見られたそうです。一方で同じ琉球の毛氏でも、久米村の毛氏は中国の風俗に従い「同姓不婚」を守っていたようです。琉球においても、儒教を採用しているものの「同姓不婚」については浸透していたとはいえない状況だったと言えます。
以上より、琉球を含む日本においては大陸と異なり「同姓不婚」の習慣は全歴史を通じて存在しなかったと言ってよいでしょう。というより、少なくとも前近代においては近親婚への制約が大甘です。まあ、「同姓不婚」について儒教経典で明示している部分は記憶にありませんので(僕が見落としているだけかもしれませんが)、この習慣がなかったからと言って非儒教的と結論付ける事は出来ないと思います。ただ、これ一点を取って考えても日本は朝鮮半島と異なり「真面目に『中国』をやっていない」とは言っても良いのではないでしょうか。婚姻と言うのは社会を形成する上で基本的な制度の一つですから、これにおいて大きな違いがあるというのは無視できない文化的異質性がある事を示唆していると思います。まあ、古代において王家などで純血性を守るため近親婚が多いのは日本に限った話ではないようですが、かなり後の時代まで我が国ではその例があるようです。
他にも、中世である王朝時代まで通い婚制度であるなど母系社会の伝統が後の時代まで根強く残った事も異質性としては見逃せないでしょう。平安末期・鎌倉初期の例を挙げると、源義経が頼朝と対立して京から逃れる際、異父弟である藤原長成が大物浦まで付き従ったそうです。また、曾我兄弟が仇討ちについて京在住の異父兄(曾我一族ではない)に相談したという話もあります。加えて、熊野別当家が母系で継承されていたとも言われています。この頃には少なくとも法的に父系社会が原則になっていたはずなのですが、それでも慣習として母方の血をより重んじる傾向があったわけですね。古代において異母兄妹の婚姻なら良いというのもその繋がりなんでしょう。そういえば、秀吉が最も信頼した弟である秀長も異父弟でしたね。同姓不婚の原則が根付かなかったのもそこに理由があるんでしょうかね。
日本を中国とは別の文明圏とする意見も時に見かけますが、こうした点から考えると、その意見も別に「日本は昔から中国に負けず独自で優秀な文明だった」とかいうのでないにしても「真面目に『中国』をやっていない」つまり「中国文明圏と言ってしまうには異質性が多い」という意味において一定の妥当性を持つのではないかと思われます。
【参考文献】
儒教とは何か 加地伸行 中公新書
新比較婚姻法Ⅰ 宮崎孝次郎 勁草書房
改正韓国親族相続法 権逸・権藤世寧著 弘文堂
週刊朝日百科 世界の文学108 紅楼夢・金瓶梅・儒林外史・聊斎志異… 朝日新聞社
酒池肉林 井波律子 講談社現代新書
中国性愛文化 劉達臨著 鈴木博訳 青土社
近世中国の性愛 呉存存 鈴木博訳 青土社
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
日本の歴史2古代国家の成立 直木孝次郎 中公文庫
本居宣長全集第十四巻 筑摩書房
日本古典文学大系14-18源氏物語 岩波書店
死の日本文学史 村松剛 中公文庫
帝王後醍醐 村松剛 中公文庫
「忠臣蔵」の謎学 中島康夫監修 青年出版社
図説忠臣蔵 西山松之助監修 河出書房新社
殿様の通信簿 磯田道史 朝日新聞社
日本の歴史19開国と攘夷 小西四郎 中公文庫
佐藤栄作 衛藤瀋吉 時事通信社
美少女ゲームマニアックス1~3 キルタイムコミュニケーション
中原と周辺 末成道男編 風響社
性と日本人 樋口清之 講談社文庫
南方熊楠コレクションⅡ南方民俗学 南方熊楠 河出文庫
南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー 南方熊楠 河出文庫
熊野詣 五来重 講談社学術文庫
豊臣秀長(上)(下) 堺屋太一 PHP文庫
関連記事(2009年5月14日新設)
「同姓不婚について考える―大陸と日本―」訂正と補足
平安前期シスコン伝記 小野篁、妹を愛す -『篁物語』 ~いもうと~
偉大なるダメ人間シリーズ番外その3 シスコン大帝
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「中国民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020607.html)
「本居宣長」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「源氏物語を読む」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980515.html)
「後醍醐天皇」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kouroumu.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529117/)
関連サイト:
「紅楼夢小辞典」(http://pingshan.parfait.ne.jp/honglou.html)
「源氏物語」(http://www.genjimonogatari.net/#)
源氏物語についての解説ページです。
「赤穂事件」(http://www5c.biglobe.ne.jp/~ya-abc/ako_top.htm)
「幕末のプリンセス皇女和宮」
(http://page.freett.com/sister_k/love-kazunomiya.htm)
「系図で見る近現代」(http://episode.kingendaikeizu.net/index.htm)より
「安倍晋三家系図」(http://episode.kingendaikeizu.net/7.htm)
佐藤栄作も含みます。
<追伸(08/9/28)>この記事に関する訂正というか補足記事をこちらに。
リンクを変更(2010年12月8日)
by trushbasket
| 2008-05-03 16:56
| NF








