「天空にふたつの極星あり すなわち北斗と南斗」―人気少年漫画と東西の星座―(前半)
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それを探るため、とりあえず星座に関連する物語の原点ともいえるギリシア神話を見てみる事にします。ゼウスの庶子である怪力の英雄ヘラクレスは、ミュケーナイ王エウリュステウスに従属し十二の難業を果たしていますがその一つに大毒蛇ヒドラ退治がありました。ヘラクレスがヒドラを退治する際に、大蟹がヒドラに加勢してヘラクレスの足を挟んだもののあっさりと踏み殺されてしまったのがかに座の起源なんだそうです。…ギリシア神話からして「悪役でヘボいやられキャラ」の役割を振られているんですね。重要な黄道十二星座の一つなので何とか神話に盛り込もうというのは分るのですが、もう少しマシな役回りを与えてやってほしかった気はします。デスマスクの悲惨な役回りは神話の時点で定まっていたというのでしょうか?何だかなあ。聞くところによれば、現在連載中の前世代の戦いを描いた関連作品「聖闘士星矢 冥王神話」ではかに座キャラが格好よいらしいのでそれが救いです。
さて、同時期に「週刊少年ジャンプ」で持て囃された漫画には他に「北斗の拳」が挙げられます。核戦争後の荒廃した世界を舞台に、一子相伝の暗殺拳を伝承した主人公が悪人を成敗したり様々な拳豪と闘ったりしながら愛や哀しみを負って成長していく物語で現在でも根強いファンが存在しますが、この作品にもしばしば星と絡んだ拳法や用語が登場します。以下では、「北斗」に登場する星関連用語について解説していこうと思います。なお、勝手ながら関連作品である「蒼天の拳」やそこに登場する設定についてはここでは考えない事とします。
①北斗と南斗
主人公ケンシロウが使う拳法の流派は「北斗神拳」と呼ばれ「一撃に全エネルギーを集中し肉体の経絡秘孔(ツボ)に衝撃を与え表面の破壊よりむしろ内部の破壊を極意とした一撃必殺の拳法」(文庫版1巻 P45)です。その凄絶さから一子相伝とされたこの拳法は、名前通り北斗七星によって象徴されます。 北斗七星は「おおぐま座」の一部をなす七つの星で、名は柄杓型をしている事に由来します。日本では「四三の星」「舵星」と呼ばれ、北極星の周りを回転し沈む事がないため海上で方角を知るため重宝されました。因みに最初に北斗七星を熊としたのはフェニキア人で、北米原住民(いわゆるNative American)もまた熊とみなしていたようです。そしてギリシア人も勿論そうでした。当初は北斗七星だけで熊と捉えていたのですが、それだけで熊に見るのには無理があるので周辺の星も加えて今の形になったのだそうです。アリストテレスは北の空をゆっくりと動いている星座であるから、北の大型動物ということで熊に見立てたのが最初だったと推測しています。ギリシア神話においてはホメロス「イリアス」などで猟師オリオンから捕まらないよう北の空を廻って逃げているとするもの、大神ゼウスが自分を保護し育ててくれた熊を功績に報いるため星座にしたとするものなどが伝えられています。一番有名な話は、アルテミスに仕える美女カリストがゼウスと密通してその子を身篭り怒ったアルテミスによって熊に変えられた。その子アルコルが成長して狩に出た際、その熊を見つけ母と知らずに獲物として狙いをつけたためゼウスがアルコルも小熊に変えて母子共々正座にしたというものです。何でも、ゼウスの妻ヘラの嫉妬のため、この二つの星座は地平線の下に隠れて休む事は許されないのだとか。
さて北斗七星を柄杓と捉える見方は日本・アメリカ・フランスに存在します。また、キルギス人やハルハ人のように七つの星をそれぞれ賢人・神と見なす民族もあります。
話を少し「北斗の拳」に戻すと、物語後半で天帝に仕える元斗皇拳伝承者ファルコが「北斗七星は天帝の戦車」(文庫版9巻 P260)と述べています。実際、中国では「北斗は帝車なり」と呼ばれ皇帝の乗る車に擬えられていました。核戦争後の荒廃した世界でも、何故かそうした伝承は残っていたんですな、ファルコは中々物知りです。さて、中国以外にも馬車と捉える民族は多かったようです。バビロニアでは「大きな車」と称していましたし、エジプトでも大神オシリスの車と呼んでいました。そしてスカンジナビアでは大神オーディンや雷神トールの車と見なし、イギリスでもアーサー王の車だったり農夫チャールズの車だったりしたのです。
一方、北の空を廻り方角を知るのに不可欠な星だったことからか早くから北斗七星は神聖視されています。中国でもこの七つの星が特別視されα星から順にそれぞれ貪狼星・巨門星・禄存星・文曲星・廉貞星・武曲星・破軍星と名付けられました。これは日本にも陰陽道として伝来し、人は七つの星のいずれかに属するものとされ陰陽五行と日月を合わせた数に一致するため宇宙の権威とされました。
一方、「北斗の拳」世界で「北斗神拳」と表裏一体とされる拳法が「南斗聖拳」。北斗神拳が経絡秘孔により内部から破壊する拳法なら、南斗聖拳は外部から突き入れて破壊するものでした。そして南斗百八派の頂点にいる「南斗聖拳を極めた男たち」(文庫版5巻 P273)が「南斗六聖拳」と呼ばれました(実は一人異質なんですが)。この「南斗聖拳」や「南斗六聖拳」がモチーフにしているのが南斗六星。
南斗六星は「いて座」の左半分に当る六つの星からなり、やはり柄杓型をしている事からこの名があります。西洋でも銀河(「乳の道」とも呼ばれる)にかかっている事から「ミルク・ディッパー(匙)」と称されたりもしており、北斗同様に柄杓・匙に見立てる向きが東西ともあることが分ります。夏から秋にかけての宵に、南の中空に輝いています。(いて座がそうであるから当然ですが)黄道に位置しており、中国でも二十八宿の一つに数えられました。北斗七星と南斗六星は形が似ているせいもあって対にされる事も多く、日本でも能登で「北の大舵、南の小舵」と称されています。舟の舵に見立ててこう呼んだのです。
さて中国では人間の懐胎は南斗の精が北斗の精の元へ趣き相談して決めると伝えられており、「捜神記」にはこのような話が記されています。魏の管輅は麦畑で働く少年を見て「二十までは命があるまい」とこぼしたため、仰天した少年と父は何とかする方法がないか必死で請います。根負けした管輅は、南にある桑の大木の下で碁を打っている二人の異人に清酒一樽と鹿の乾肉をそっと勧め黙って座っているよう教えました。それを実行したところ、碁に夢中な二人の異人は出されるままに酒と肉をほおばります。一人が少年に気づいて咎めますが、もう一人が「ただで飲み食いしたのだから何とかしてやらんと」と言って帳簿を取り出し「十九歳で死ぬはずのところに筆を加えたから九十歳までは生きられる」として去っていきました。報告し例を言う少年に管輅は「一人は北斗でもう一人は南斗である。南斗は生を記すし、北斗は死を記す。」と教えたそうです。北斗が死を扱うのであれば、暗殺拳の象徴になるのも北斗神拳伝承者が死神を名乗るのも納得な話ではあります。
ところで、南斗六聖拳の一人であるシンが「サザンクロス(南十字星)」を自らの象徴として旗印や支配する都市の名に冠していますが、南十字星は中国では見えない地方の方が多いせいか余り中国においては言及されていないようです。南天を代表する星座として有名ですから、あの世界において南斗の象徴として誤って伝わったのでしょうかね。
②死兆星
さて「北斗の拳」では北斗七星に絡んで物騒な伝承があります。すなわち、「輔星… 北斗七星の横によりそうように光る星… またの名を死兆星 あの星がみえる者にはその年のうちに死が訪れる」(文庫版4巻 P238)というものです。実際、物語世界においてトキ、レイなど主要キャラの死亡フラグとしてこの星が描かれています(逆に、見えなくなれば問題ないようです)。北斗神拳に至っては「互角の拳を持つ強者相戦う時 その両者の頭上に死兆星輝く」(文庫版7巻 P27)という言い伝えがあるそうで、この設定は誰にも結果がみえずどちらの生還も期せない激闘を盛り上げていました。
さて、中国では北斗七星に「輔星」と呼ばれる星が実際にあるとしており、「酉陽雑爼」は「輔星を見た事のないものは長生きできないと言われており、実際に著者の知人で輔星が見えない者がいたが一年以内に亡くなっている」と記しています。同様の伝説は日本にもあったようで、倉橋島では漁師の間で北斗七星に「寿命星」というのがあり正月にその星が見えない者はその年の内に死ぬと信じられていたそうです。また十世紀の天文家アル・ビルーニによればアラビアでは春分の日に戸外に出て北斗七星に寄り添う小さな星を眺める習慣があり、見えれば蠍や蛇の害を免れるとされていたそうです。…どうやら、伝承の内容が「北斗の拳」世界と逆ですね。まあ、「見えないと死ぬ」より「見えると死ぬ」の方が絵になるからなんでしょうけど。
この「輔星」が何かという事についてですが、北斗七星のζ星・ミザル(二等星)の脇にあるアルコル(五等星)ではないかと推定されています。ミザルとアルコルは見かけ上重なり合って見える「二重星」であり、アルコルは地球から見て光が弱いため見えるにはある程度以上の視力が必要です。実際、かつてアラビアでは「アル・ザダーク(目試し)」と呼ばれ視力の検査に用いられていたといわれています。上述した日本やアラビアの伝承も、航海や砂漠においては視力が死活問題であったことを反映しているのだと思われます。
二重にみえるこの星は世界各地で神秘的に思われていたらしく、他にも様々な伝承が語られています。例えばギリシアでは、プレアデス星団(乙女たちの集まりと考えられた)はかつて七人だったのがそのうちの一人エレクトラが狐と化して去りこの星となったとしていますし、北欧では巨人オルワンディルの凍った足指を雷神トールが打ち落とし、自分の車(北斗七星)を引く馬に投げつけたと伝えています。また、アラビアではミザルを馬でアルコルを騎手と考え、朝鮮半島ではミザルを男でアルコルを男が持つ斧と見ており、イギリスではミザルを馬でアルコルを馬に乗る農夫ジャックとしています。このような説明的伝承が残る摩訶不思議な星が「死を司る」とされる北斗七星にある事は益々畏怖の念を呼び、視力との絡みもあって「寿命星」伝説が生まれたのでしょう。
ところで、この星はインドでは結婚を祝福する星とされているそうです。二つ寄り添っていることからそうした伝承が生まれたのでしょう。あの星からの連想は、不吉なものばかりではないのですね。
まだまだ考察すべき材料はあるのですが、ここまでで大分長くなってしまいました。いったん切って残りは後半に回します。
<追記(7/6)>後半はこちら。
【参考文献】
星と伝説 野尻抱影 中公文庫
星の神話・伝説 野尻抱影 講談社学術文庫
中国の星座の歴史 大崎正次著 雄山閣
星座大全 春の星座 藤井旭 作品社
星座大全 夏の星座 藤井旭 作品社
星座大全 冬の星座 藤井旭 作品社
陰陽道の本 学研
ギリシア神話 高津春繁著 岩波新書
聖闘士星矢 車田正美 集英社
北斗の拳 武論尊原作・原哲夫作画 集英社文庫
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
「『北斗の拳』スレッドの杜」(http://www.dslender.com/hokuto/)
「修羅の国」(http://hokuto.khaotic.info/)
「北斗の庭園」(http://raoh.info/)
「経絡秘孔究明会」(http://www7.big.or.jp/~sosan/hokuto/)
「北斗西斗~アニメ北斗の拳研究所~」(http://www5.plala.or.jp/ahokage-/)
「北斗の拳」の主なファンサイトです。
「めたもるゆきにゃー」(http://yukinyan.net/)
「聖闘士星矢」「キン肉マン」のキャラ紹介が充実したブログです。
「Cielo Stellato 88星座完全ガイド」(http://www.toxsoft.com/stella/)
星座を図入りで季節ごとに分類し解説しています。
「星座図鑑 "ENCYCLOPEDIA OF CONSTELLATION"」(http://seiza-zukan.com/)
「なにわの科学史のページ」
(http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kazu/index.phtml)より
「中国星座への招待」
(http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kazu/chinaseiza/chinaseiza.html)