「天空にふたつの極星あり すなわち北斗と南斗」―人気少年漫画と東西の星座―(後半)
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漫画「北斗の拳」に登場する星は実際に存在するのか、存在するならどのような伝承があったのか。前半では物語において特に重要な北斗と南斗、死兆星について見てみました。後半ではその外の星についても考察してみたいと思います。
③天狼星
ケンシロウと宿敵ラオウの最終決戦より少し前、「北斗の拳」世界に「天狼星のリュウガ」なる人物が現れます。「泰山天狼拳」なる独特の拳法を使うこの男は「天狼星」を宿命として持っており、天狼星は「狼の眼のごとく天空で最も強く輝き… すべての神にくみせず あえて天駆ける孤狼となった孤高の星」(文庫版7巻 P91)であり「天空の極星 南北ふたつに割れた時 こぼれ落ちて天に舞った孤独の星」(文庫版7巻 P116)なんだとか。
この「天狼」とは、夜空で最も明るい星すなわち「おおいぬ座」の一等星シリウスを指しています。その強い光が、狼の鋭い眼の様である事からこの名がついたのだそうです。中国のほかにも、エジプトやギリシアでもこの星を犬と見ていますからこの星の明るさから同じような印象を受けた人々が多かったという事でしょう。一方、バビロニアではアルゴ座船尾部を弓矢に見立てシリウスを矢の先端としていますが、中国でもアルゴ座船尾部を「孤矢」と呼んで天狼を射る弓矢と見なしています。
またこの天狼は中国では凶悪無残な野盗の首領とされていました。古代ギリシアでも「イリアス」で「最も輝しい星なのに、禍のしるしとされておびただしい病気を人間にもたらすもの」と呼ばれ、西欧でもシリウスが太陽と並ぶ七月から八月にかけて厄除けをしたといいますから、中国に限らずこの星のギラギラした光に不吉なものを感じる人々は多かったのでしょう。
「北斗の拳」作中でリュウガは弓矢を持って村々で大暴れし多数の村人たちを虐殺し更に余命幾許もない体で医療行為をしていたトキをも殺害するという蛮行に出ていますが、こうした伝承を踏まえた設定なのかもしれません。彼がこのような挙に出た理由は平和を求めるためケンシロウを怒らせて彼が平和をもたらしうる巨木かを見極めるためだとか言ってましたが、はっきり言って僕には良く分りませんし納得も出来ません。トキによれば「天狼は乱において天帝の使者となりて北斗を戦場へ誘う」(文庫版7巻 P175)のが使命だそうですが、リュウガを善玉に無理やり仕立てるための屁理屈にしか正直思えないのです。ところでリュウガが殺戮行為を行なっている最中にラオウは天狼が赤く輝いている事からこれを悟っていますが、事実シリウスは文献において「赤い星」としばしば記されています。シリウスは実際には白い光を放つ星ですし「史記」から昔もそうであったことが分かるのですが、ギラギラした光と不吉なイメージが血の色である赤と結びついたのかもしれません。
このように負のイメージをもたれる事も多かったシリウスですが、古代エジプトにおいてはナイル川の氾濫を知らせる重要な星であったことは有名ですね。夏至にシリウスが太陽に先んじて東に上り、黄道の南に輝いた時が洪水の季節であったのです。こうした重要な役割から、アヌビス神の姿で描かれたり女神イシスの星と呼ばれたりもしたそうです。
④五車星
「北斗の拳」の物語が進んで南斗六聖拳が宿命に殉じ翻弄されて次々に倒れ一人を残すのみになった時、その「最後の将」に仕える人々として登場したのが「南斗五車星」。すなわち風のヒューイ、炎のシュレン、山のフドウ、雲のジュウザ、海のリハクの五人です。曰く、「永遠の光」である「最後の将」のため「五車星は天を舞い地を駆け」るものであり、「そのためなら五車の星は粉塵に砕け散っても本望」な存在だとか(文庫版7巻 P230)。
さて、実際の天文で「五車星」と呼ばれているのは「ぎょしゃ座」における五つの星のようです。「五車」とは五種類の戦車を意味しており「周礼」などによれば戎路(王の戦車)・広車(横陣の戦車、防禦用)・闕車(予備の戦車)・苹車(擬装した戦車)・軽車(突撃用の軽快な戦車)なんだそうです。南斗五車星の属性(風・炎・山・雲・海)とは関係なさそうですね。
中国の天文においては南斗六星と五車星には直接の繋がりはないようですが、「南斗五車星」もその拳法には「南斗」を冠しておらず区別されているあたりは作者もそれを考慮したものでしょうか。
⑤太極星
ラオウ死後、新たな敵キャラとして登場したのが元斗皇拳伝承者「金色のファルコ」。彼は天帝を奉じて戦う戦士であり、世界を統べるのは「母星天帝すなわち太極星」(文庫版9巻 P260)であるとして北斗神拳・南斗聖拳の抹殺を宣言しています。この「太極星」が何を指しているかですが、このシーンの絵を見る限り北斗七星がこの「天帝」の星を廻っていますから北極星と考えて間違いないでしょう。事実、北極星は中国で「北辰」「極星」と呼ばれ周辺の星もあわせ「紫微星」として天帝の星とみなされています。因みに「北斗の拳」物語中では天帝を奉じる中央帝都の光を見た奴隷たちが「まるで大空に輝く北極星のようだ」(文庫版9巻 P315)と嘆息していますが、実は北極星は二等星であり決して暗くはないですがこの手の喩えに用いられるほど明るい星ではありません。
北極星はほとんど動かない(実はわずかに動く)事から航海などにおいて重要な方角の手がかりとされたのは各地で共通しており、我が国でも「子(ね)の星」「北の一つ星」として重んじられました。北極星は「こぐま座」にあり、熊の尾の先に相当する位置です。ところで、日本の陰陽道でもやはり北極星は最高神として重んじられており玄宮北極祭などの祭祀が行なわれました。やがてこれは密教と混合し、妙見菩薩信仰として北辰信仰は民間にも広がったのです。
以上、結構あるものですね。同じ星でも地域によって様々な見方があるものだと感心させられましたが、その一方で同様なものに見立てたり同様に神秘化したりといった例も多い事が印象的でした。東西を問わず、人々は星を重要な標章としたり畏怖したりしてきたわけですね。それにしても、子供向けの純然たる娯楽漫画にも、そのつもりで探せば案外薀蓄が散りばめられてたりするのが意外で面白いものです。
【参考文献】
星と伝説 野尻抱影 中公文庫
星の神話・伝説 野尻抱影 講談社学術文庫
中国の星座の歴史 大崎正次著 雄山閣
星座大全 春の星座 藤井旭 作品社
星座大全 夏の星座 藤井旭 作品社
星座大全 冬の星座 藤井旭 作品社
陰陽道の本 学研
ギリシア神話 高津春繁著 岩波新書
聖闘士星矢 車田正美 集英社
北斗の拳 武論尊原作・原哲夫作画 集英社文庫
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
「『北斗の拳』スレッドの杜」(http://www.dslender.com/hokuto/)
「修羅の国」(http://hokuto.khaotic.info/)
「北斗の庭園」(http://raoh.info/)
「経絡秘孔究明会」(http://www7.big.or.jp/~sosan/hokuto/)
「北斗西斗~アニメ北斗の拳研究所~」(http://www5.plala.or.jp/ahokage-/)
「北斗の拳」の主なファンサイトです。
「めたもるゆきにゃー」(http://yukinyan.net/)
「聖闘士星矢」「キン肉マン」のキャラ紹介が充実したブログです。
「Cielo Stellato 88星座完全ガイド」(http://www.toxsoft.com/stella/)
星座を図入りで季節ごとに分類し解説しています。
「星座図鑑 "ENCYCLOPEDIA OF CONSTELLATION"」(http://seiza-zukan.com/)
「なにわの科学史のページ」
(http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kazu/index.phtml)より
「中国星座への招待」
(http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kazu/chinaseiza/chinaseiza.html)