2008年 07月 13日
古代インドの同盟術 ~西洋古代の蛮勇との対比において~ この世の戦場では金は実弾
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インドの古典に『アルタシャーストラ(実利論)』という書物があります。
この本は、インドの国民的英雄、古代インドの知謀に優れた大宰相、カウティリヤの作と伝承されている政治・軍事書なのですが、その凄さを実感するために、日本人にもなじみの深い古代中国史に例えるなら、張良の兵法書とか諸葛孔明の兵法書とかいった感じだと思われます。
日本人が例えに使うのが中国史だけと言うのもアレなので、日本古代史に喩えると、中臣鎌足の政治論とか、そんな感じでしょうか。いまいちピンと来ない喩えの気もしますが。
まあそれはさておき、この本、実際のところは、カウティリヤの作かどうかはかなり怪しいようなのですが、それでもその内容は、偉人の名を騙っただけのゴミ本とかではなく、古代インドの軍事的政治的英知の一成果とは、見て良いものと思われます。
なにせ偉大な社会学者マックス・ウェーバーに、「本当にラディカルなマキャヴェリズム」の典型で、「これに比べればマキャヴェリの『君主論』などたわいもないものである」(『職業としての政治』脇圭平訳 岩波文庫 95、96頁)とか評されたほどですし。
で、今日はそんな徹底した権謀術数の書から、冷静な合理主義を示す一節を紹介したいと思います。
ところで、人間というものは、一般的に、血とか汗にムダに重きを置く傾向があるように思われます。
例えば、西洋の古代ローマ共和国は、五十年に渡ってローマの覇権下に同盟国として安住しローマの幾多の戦いに資金提供してきた交易都市カルタゴに、血を流していないと侮蔑の言葉を投げかけ同盟国としての尊重と保護を与えず、言いがかりをつけ、いやがらせを重ねます。そしてついにローマは、街を焼き尽くし、住民を奴隷化し、跡地を平らに整地して塩を撒き二度と建物も穀物も再生しないよう呪いをかけるという、徹底した破壊ぶりで、カルタゴをこの世から跡形もなく消滅させてしまいました。
もちろん血を流していないことのみが理由でカルタゴが壊滅させられるに至ったわけではなく、そこには長きに渡る因縁や当時の間の悪い国際情勢等も影響しているわけです。したがって、血を流していないとの侮蔑の言葉を余り重大視するべきではないのかもしれません。ですが、そうであってもこの出来事は、ローマの価値観として、金銭を軽んじ流血を尊ぶ、ムダに軍事的に浪漫の入った心情があり、しかもそれが異様に激しかったことを、物語る逸話ではあります。
金も元々は血と汗の結晶だろうに、金なんて人から奪えばいくらでも手に入るとばかりに、周囲を激しく征服し、悪徳代官を送り込んで周辺民族を搾取しまくって、集めた財貨で贅沢三昧してた野蛮なローマ共和国指導者層には、そんなこと到底、理解できなかったのでしょう。
そしてこのローマ共和国の蛮勇ぶりと対比すると、『実利論』に見られる同盟観、流血に浪漫を感じない冷め切って冴え渡った友邦観は、ちょっと行き過ぎな感じもしないわけではないにせよ、それでもなかなか気持ちいい。
血を流すことは貴くはあれど、そこに過剰な思い入れを持って、金銭を馬鹿にするようではいけません。
意味ある流血には金銭が不可欠ですしね。
この世が戦場なら金は実弾とかいう言葉をどっかで読んだ記憶があるのですが、この世の戦場では金は実弾です。
ところで紹介しといて何ですが、『実利論』を読むことはあまりオススメしません。
インド人はやたらと物事を細々分類するのが大好きであるらしく、
性交の技法の話をしてるうちに、愛打なんて項目立てて、その中で愛打を受けて発する叫び声が「ヒンという音声」「雷鳴」「鳩の啼声」「泣き声」「スートという音声」「ドゥートという音声」「プートという音声」の七種、さらにこの他の叫び声として「「お母さん」という意味の言葉」、「禁止を意味する言葉」、「解放を意味する言葉」「「もうよい」という意味の言葉」などなど、その上に叫び声の特別な発声法として「雉鳩、郭公鳥、黄鸝、鸚鵡、蜂、鷭、鵞鳥、蒼鷺の啼声」を用いるべきで、打擲の時機や部位のあれこれに応じてかくかくしかじかの叫び声を出すべきである云々(ヴァーツヤーナ『完訳 カーマ・スートラ』岩本裕訳 平凡社東洋文庫 134頁以下参照)とか言い出すような人たちなのです。
そして『実利論』においても、その記述は非常に細々として、古代のインド社会を窺う資料としてはともかく、読み物としては、かなり退屈でウンザリです。
参考資料
カウティリヤ著『実利論 古代インドの帝王学 (上)(下)』上村勝彦訳 岩波文庫
マックス・ウェーバー著『職業としての政治』脇圭平訳 岩波文庫
ヴァーツヤーナ著/岩本裕著・訳『完訳 カーマ・スートラ』平凡社東洋文庫
長谷川博隆著『カルタゴ人の世界』講談社学術文庫
桜井万里子/本村凌二著『世界の歴史5 ギリシアとローマ』中央公論社
『世界の戦史 第三巻 シーザーとローマ帝国』人物往来社
塩野七生著『ローマ人の物語II ハンニバル戦記』新潮社
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引きこもりニート列伝その35 ゴータマ・シッダールタ
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet35.html
インド前近代軍事史(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14515473/
西洋軍事史(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14455214/
ハンニバル
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/970627.html
リンクを変更(2010年12月8日)
この本は、インドの国民的英雄、古代インドの知謀に優れた大宰相、カウティリヤの作と伝承されている政治・軍事書なのですが、その凄さを実感するために、日本人にもなじみの深い古代中国史に例えるなら、張良の兵法書とか諸葛孔明の兵法書とかいった感じだと思われます。
日本人が例えに使うのが中国史だけと言うのもアレなので、日本古代史に喩えると、中臣鎌足の政治論とか、そんな感じでしょうか。いまいちピンと来ない喩えの気もしますが。
まあそれはさておき、この本、実際のところは、カウティリヤの作かどうかはかなり怪しいようなのですが、それでもその内容は、偉人の名を騙っただけのゴミ本とかではなく、古代インドの軍事的政治的英知の一成果とは、見て良いものと思われます。
なにせ偉大な社会学者マックス・ウェーバーに、「本当にラディカルなマキャヴェリズム」の典型で、「これに比べればマキャヴェリの『君主論』などたわいもないものである」(『職業としての政治』脇圭平訳 岩波文庫 95、96頁)とか評されたほどですし。
で、今日はそんな徹底した権謀術数の書から、冷静な合理主義を示す一節を紹介したいと思います。
人的援助をする友邦と、金銭的援助をする友邦では、「人的援助をする友邦がすぐれている。人的援助をする友邦は威信をもたらす。彼が立ち上がる時、目的を達成するのである」と学匠たちは述べる。「それは正しくない」とカウティリヤは言う。金銭的援助をする友邦の方がすぐれている。というのは、金銭は常に使用できるが、軍隊は時々しか使用できない。また、軍隊や、その他の欲望は、金銭によって獲得されるから。
(『実利論 古代インドの帝王学』上村勝彦訳 下巻 岩波文庫 94、95頁)
ところで、人間というものは、一般的に、血とか汗にムダに重きを置く傾向があるように思われます。
例えば、西洋の古代ローマ共和国は、五十年に渡ってローマの覇権下に同盟国として安住しローマの幾多の戦いに資金提供してきた交易都市カルタゴに、血を流していないと侮蔑の言葉を投げかけ同盟国としての尊重と保護を与えず、言いがかりをつけ、いやがらせを重ねます。そしてついにローマは、街を焼き尽くし、住民を奴隷化し、跡地を平らに整地して塩を撒き二度と建物も穀物も再生しないよう呪いをかけるという、徹底した破壊ぶりで、カルタゴをこの世から跡形もなく消滅させてしまいました。
もちろん血を流していないことのみが理由でカルタゴが壊滅させられるに至ったわけではなく、そこには長きに渡る因縁や当時の間の悪い国際情勢等も影響しているわけです。したがって、血を流していないとの侮蔑の言葉を余り重大視するべきではないのかもしれません。ですが、そうであってもこの出来事は、ローマの価値観として、金銭を軽んじ流血を尊ぶ、ムダに軍事的に浪漫の入った心情があり、しかもそれが異様に激しかったことを、物語る逸話ではあります。
金も元々は血と汗の結晶だろうに、金なんて人から奪えばいくらでも手に入るとばかりに、周囲を激しく征服し、悪徳代官を送り込んで周辺民族を搾取しまくって、集めた財貨で贅沢三昧してた野蛮なローマ共和国指導者層には、そんなこと到底、理解できなかったのでしょう。
そしてこのローマ共和国の蛮勇ぶりと対比すると、『実利論』に見られる同盟観、流血に浪漫を感じない冷め切って冴え渡った友邦観は、ちょっと行き過ぎな感じもしないわけではないにせよ、それでもなかなか気持ちいい。
血を流すことは貴くはあれど、そこに過剰な思い入れを持って、金銭を馬鹿にするようではいけません。
意味ある流血には金銭が不可欠ですしね。
この世が戦場なら金は実弾とかいう言葉をどっかで読んだ記憶があるのですが、この世の戦場では金は実弾です。
ところで紹介しといて何ですが、『実利論』を読むことはあまりオススメしません。
インド人はやたらと物事を細々分類するのが大好きであるらしく、
性交の技法の話をしてるうちに、愛打なんて項目立てて、その中で愛打を受けて発する叫び声が「ヒンという音声」「雷鳴」「鳩の啼声」「泣き声」「スートという音声」「ドゥートという音声」「プートという音声」の七種、さらにこの他の叫び声として「「お母さん」という意味の言葉」、「禁止を意味する言葉」、「解放を意味する言葉」「「もうよい」という意味の言葉」などなど、その上に叫び声の特別な発声法として「雉鳩、郭公鳥、黄鸝、鸚鵡、蜂、鷭、鵞鳥、蒼鷺の啼声」を用いるべきで、打擲の時機や部位のあれこれに応じてかくかくしかじかの叫び声を出すべきである云々(ヴァーツヤーナ『完訳 カーマ・スートラ』岩本裕訳 平凡社東洋文庫 134頁以下参照)とか言い出すような人たちなのです。
そして『実利論』においても、その記述は非常に細々として、古代のインド社会を窺う資料としてはともかく、読み物としては、かなり退屈でウンザリです。
参考資料
カウティリヤ著『実利論 古代インドの帝王学 (上)(下)』上村勝彦訳 岩波文庫
マックス・ウェーバー著『職業としての政治』脇圭平訳 岩波文庫
ヴァーツヤーナ著/岩本裕著・訳『完訳 カーマ・スートラ』平凡社東洋文庫
長谷川博隆著『カルタゴ人の世界』講談社学術文庫
桜井万里子/本村凌二著『世界の歴史5 ギリシアとローマ』中央公論社
『世界の戦史 第三巻 シーザーとローマ帝国』人物往来社
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http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet35.html
インド前近代軍事史(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14515473/
西洋軍事史(当ブログ内に移転しました)
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by trushbasket
| 2008-07-13 03:23
| My(山田昌弘)








